移動運用その344/「キャンプ・サウス・ドレイク」跡地POTA登録3公園移動(2023年5月4日)
5月4日「みどりの日」にPOTA移動運用。
今回は東京都練馬区と埼玉県新座市、和光市に跨り、隣接する大泉中央公園(JA-1224)、新座緑道(JA-1835)、和光樹林公園(JA-1165)三つのPOTA登録公園をアクティベートする計画を立てる。
この領域は戦前、旧陸軍予科士官学校や被服本廠朝霞出張所があった場所。
戦後、占領軍に接収され、米陸軍「キャンプ・ドレイク」となる。
川越街道を挟んで北側が「キャンプ・ノース」、南側が「キャンプ・サウス」と呼称された。
主に米陸軍第1騎兵師団等が駐屯し、1950年の朝鮮戦争、1965年のベトナム戦争ではそれぞれこの「キャンプ・ドレイク」から派兵、野戦病院として後方支援を担当していた。
1973~1986年に掛けて米軍の機能移転に伴い順次日本側に返還され、跡地には陸上自衛隊朝霞駐屯地や理化学研究所等が入居。
2023年現在では「キャンプ・サウス」東側にある米軍極東放送FEN(現在のAFN)TOKYOの送信所のみを残して、ほぼ全面返還されている。
〇2019年10月1日の航空写真

〇2019年10月1日の航空写真

撮影年月日/2019/10/01(令1)・撮影地域/埼玉
撮影高度(m)/2794
撮影計画機関/国土地理院
市区町村名/和光市
今回、移動運用した三つの公園は「キャンプ・サウス」南端に位置し、跡地利用計画に基づき1989~1993年に掛けて開園した。
直近の航空写真で今回の移動運用場所を赤い丸で示す。
例によって国土地理院の航空写真を参考にこの辺りの遍歴を調べてみる。
〇1944年11月7日の航空写真

(出典:国土地理院ウェブサイト画像を基にJH1EAF製作)
整理番号 /8921・コース番号/C4・写真番号/77
撮影年月日/1944/11/07(昭19)・撮影地域/東京・横浜
撮影計画機関/陸軍
市区町村名/練馬区
1930年代、この辺りは「東京ゴルフ倶楽部」のゴルフコースだった。
その後、旧陸軍予科士官学校が移転。陸軍被服本廠朝霞出張所も設けられて朝霞周辺は「軍都」となる。
赤い丸印は今回移動運用した大凡の場所。
当時は予科士官学校の敷地の一部だったが特段目立つ建物も樹木もなく、旧ゴルフ場の頃から余り手を入れていないエリアのようだ。
戦後、進駐軍が旧陸軍予科士官学校を接収し、「キャンプ・ドレイク」となる。
現在の公園部分は「キャンプ・サウス」の南端で米兵のリクレーション施設としてゴルフ場が整備されていたようだ。
つまり、戦前の施設をそのまま使っていたのかもしれない。
つまり、戦前の施設をそのまま使っていたのかもしれない。
既にFEN(現AFN)の送信鉄塔らしきものが見える。
当時、FENの原型である米軍極東放送はNHK東京放送会館の一部を接収してWVTRを開局。送信設備もNHKのものを使っていたと推測する。
ウェキペディアによると当時の「キャンプ・ドレイク」には「リトルペンタゴン」と呼ばれる第500情報団本部や米陸軍戦略陸軍通信隊(STARCOM)の主要中継局舎が作られ、これに付随した送信アンテナは桃手地区(現:和光市 南地区)に建設された。名称もFEN東京となるとあるので、すでに送信施設は完成していたのかもしれない。
因みにFEN送信所の西隣には「モモテハイツ」という米兵住宅エリアがあった。
今でも和光市のこの辺りには「桃手通り」が存在する。
因みにFEN送信所の西隣には「モモテハイツ」という米兵住宅エリアがあった。
今でも和光市のこの辺りには「桃手通り」が存在する。
撮影年月日/1956/03/10(昭31)・撮影地域/東京西北部
撮影高度(m)/3048
撮影計画機関/米軍
市区町村名/和光市
「キャンプ・ドレイク」全景。大和田通信施設や府中基地などと同じく、接収した旧軍施設をほぼそのまま残して利用していることが解る。
当時、川越街道周辺は「埼玉の上海」と呼称され、米兵相手の歓楽街が形成され、治安や風紀も悪かったらしい。
一方、FEN米軍極東放送は講和後、NHK東京放送会館から撤収し1953年までに局舎も全て「キャンプ・ドレイク」に移転している。
2本のアンテナ位置も現在とほぼ変わらない様だ。
「キャンプ・サウス」の南端に大きな変化は見られない。
〇1966年10月22日の航空写真


撮影年月日/1966/10/22(昭41)・撮影地域/東京西北部
撮影高度(m)/3100
撮影計画機関/国土地理院
市区町村名/和光市
1959年にこれまで米陸軍第8軍管轄だったFENは米第5空軍に移管。1960年には陸上自衛隊が南地区に駐屯。朝霞駐屯地となる。
ベトナム戦争時にはキャンプ内に野戦病院部隊も配置され、横田基地からヘリで戦傷兵や戦死者も運び込まれて、遺体処理は日本人従業員に委託されたという。1960年代後半の反戦学生運動の盛り上がりに相まって周辺ではデモも盛んに行われた。
一方、3箇所の公園付近は相変わらず大きな変化がない。
〇1979年11月14日の航空写真


(出典:国土地理院ウェブサイト画像を基にJH1EAF製作)
整理番号/CKT794・コース番号/C5A・写真番号/14
整理番号/CKT794・コース番号/C5A・写真番号/14
撮影年月日/1979/11/14(昭54)・撮影地域/東京
撮影高度(m)/2100
撮影計画機関/国土地理院
市区町村名/練馬区
「キャンプ・ドレイク」南地区は「関東平野合衆国空軍施設整理統合計画(KPCP/通称・関東計画)」によって1973年より順次返還が進み、後に公園となるゴルフ場などのリクレーション施設地域は1973年6月に返還された。
しかし、返還6年後の1979年時点でも公園整備されている様子はなく、大泉中央公園と和光樹林公園を隔てる都県境の車道もまだ存在せず、すすき草地で手付かず状態のまま。この時点では整備計画が未定だったのだろう。
因みにFENは1978年5月に「キャンプ・ドレイク」を離れ、送信所を除いて横田基地に引っ越した。
〇1992年11月2日の航空写真


(出典:国土地理院ウェブサイト画像を基にJH1EAF製作)
整理番号/CKT921・コース番号/C2・写真番号/21
整理番号/CKT921・コース番号/C2・写真番号/21
撮影年月日/1992/11/02(平4)・撮影地域/東京首部
撮影高度(m)/1580
撮影計画機関/国土地理院
市区町村名/和光市
「キャンプ・ドレイク」返還後、1990年代前後には跡地利用が本格化。
かつて「モモテハイツ」のあった場所には理化学研究所の他、公団住宅、学校、公園等が次々移転建築。
かつて「モモテハイツ」のあった場所には理化学研究所の他、公団住宅、学校、公園等が次々移転建築。
都県境の道も整備され、和光樹林公園は1989年、大泉中央公園は1990年、新座緑道は1993年にそれぞれ開園した。
また和光樹林公園東側には外環自動車道も建設される。
撮影年月日/2007/04/29(平19)・撮影地域/さいたま
撮影高度(m)/1920
撮影計画機関/国土地理院
市区町村名/和光市
1997年、FENはAFN(American Forces Network) に統合。名称もAFN TOKYOに。2006年にアンテナが建て替えられた。
この頃の和光樹林公園は草地から一転、鬱蒼とした森状態となる。
その後、間伐作業をしたのか2019年頃の多目的広場には芝地も増えた。
〇「キャンプ・ノース・ドレイク」の痕跡
1956年3月10日

〇「キャンプ・ノース・ドレイク」の痕跡
1956年3月10日

撮影年月日/1956/03/10(昭31)・撮影地域/東京西北部
撮影高度(m)/3048
撮影計画機関/米軍
撮影年月日/2019/10/01(令1)・撮影地域/埼玉
撮影高度(m)/2786
撮影計画機関/国土地理院
市区町村名/朝霞市
今回、移動運用した場所は「キャンプ・サウス・ドレイク」エリアだったが、川越街道北側の「キャンプ・ノース・ドレイク」エリアのほうは今でも跡地利用が保留のまま残っている領域がある。米軍基地跡地お馴染みの「森の中に沈む廃墟」だ。
米軍からは全面返還されていたものの、利用計画が二転三転し、決まっていた公務員住宅計画も事業仕分けで頓挫。
結果的に「キャンプ・ドレイク」の痕跡を残し続ける稀有なエリアとなっている。
残念ながら立ち入りは禁止されているため、フェンス越しにしか垣間見る事が出来ない。
かつて「リトル・ペンタゴン」と呼称された建物があった場所も「朝霞の森」として暫定利用されているようで痕跡すら残っていない。
米軍からは全面返還されていたものの、利用計画が二転三転し、決まっていた公務員住宅計画も事業仕分けで頓挫。
結果的に「キャンプ・ドレイク」の痕跡を残し続ける稀有なエリアとなっている。
残念ながら立ち入りは禁止されているため、フェンス越しにしか垣間見る事が出来ない。
かつて「リトル・ペンタゴン」と呼称された建物があった場所も「朝霞の森」として暫定利用されているようで痕跡すら残っていない。
遅かれ早かれ、この保留地も何かしらの事業計画によって更地にされ、跡形もなく消え去ってしまうのだろう。
〇FENベリカード


受信年月日/1986年10月30日
受信時間/1500~1535UTC(0000~0035JST)
周波数/3910KHz
SINPO33333
受信内容/East of Midnight
受信機/SONY ICF 2001D
受信地/東京都杉並区
FEN TOKYO は1990年代頃まで中波810KHzに加えて短波帯でも放送していた。
●FEN TOKYO 周波数
810KHz
3910KHz
6155KHz
11750KHz
15260KHz
(日本BCL連盟刊「短波別冊BCL年鑑1983年版」による)
「FENハンドブック」によると短波送信アンテナの場所は中波と同じく、この「キャンプ・ドレイク」に存在した。
当時は、オーストラリア、ニュージーランド、北米、北欧、アフリカからも受信レポートが寄せられたという。
なお、キャンプ・ドレイク時代のFENに関しては【oldradio.net】『進駐軍放送物語WVTR&FEN』に興味深い記録が記されている。●FEN TOKYO 周波数
810KHz
3910KHz
6155KHz
11750KHz
15260KHz
(日本BCL連盟刊「短波別冊BCL年鑑1983年版」による)
「FENハンドブック」によると短波送信アンテナの場所は中波と同じく、この「キャンプ・ドレイク」に存在した。
当時は、オーストラリア、ニュージーランド、北米、北欧、アフリカからも受信レポートが寄せられたという。
〇当日の運用
GW中盤の天気はFBでこの日も晴天。気温も暑い位。
常置場所最寄り駅から大泉中央公園公園直近バス停の長久保まで直行の路線バスが出ているのでこれを利用する。
HF7、21MHzCWモード中心に運用。
思ったより応答局がなく、アクティベートに手間取る。
静岡コンテスト、HAMTTEパーティー参加局を呼び回り、更に中国内モンゴル局とも交信。
14時50分頃までに延べ12局QSO.
都県境で隣接する和光樹林公園とは100フィート以内であれば2-ferも可能であったが微妙な距離。
県境の車道を渡り、朝霞駐屯地沿いに西へ向かう。
標高もない平地道沿いのロケーションなのでQRPホイップアンテナだとアクティベーションは難航しそう。
案の定、30分経ってもHFと2mCWで2局交信に留まる。
430FMにQSYし、16時半過ぎにいつもお繋ぎ頂く板橋区のPOTAハンター局と交信。ご厚意によりバンド、モード替えで延べ局数を増やしていただいた。
更に直後に練馬区の近距離局からお声掛け頂き、同様にバンド、モード替えで交信頂き、何とか17時過ぎまでにアクティベーションを終える事が出来た。
TNX QSO。
何故か樹林の中は立ち入りが出来ない。
夕方、園内芝地には犬の散歩利用者が目立つ。
帰り際、大泉中央公園で更にハンディー1Wで1局交信し、今回のPOTA攻略を終える。
AFN送信所にも行きたかったのだが、意外に距離が遠く、時間も暮れてしまったので次回に。
長久保バス停に戻り19時過ぎのバスで大泉学園駅経由で帰還。
各局交信ありがとうございました。
海外/1(中国内モンゴル)交信データ
移動地/東京都練馬区大泉中央公園JCC#100120(POTA JA-1224)標高36.6m
埼玉県新座市新座緑道JCC#1330(POTA JA-1835)標高41m
埼玉県和光市和光樹林公園JCC#1329(POTA JA-1165)標高39m
交信日時/2023年5月4日
交信時間/1239~1858JST
周波数/7・21・144・430MHz
モード/CW、SSB、FM
天候/晴れ
無線機/IC-705、VX-3
アンテナ/WWR、RH-770、GAWANT7
出力/1~5W
延べ交信局数/33
7MHz11(CW11)・21MHz2(CW2)・144MHz6(CW1/SSB3/FM2)・430MHz14(SSB3/FM11)
交信相手エリア/
1エリア/22
移動地/東京都練馬区大泉中央公園JCC#100120(POTA JA-1224)標高36.6m
埼玉県新座市新座緑道JCC#1330(POTA JA-1835)標高41m
埼玉県和光市和光樹林公園JCC#1329(POTA JA-1165)標高39m
交信日時/2023年5月4日
交信時間/1239~1858JST
周波数/7・21・144・430MHz
モード/CW、SSB、FM
天候/晴れ
無線機/IC-705、VX-3
アンテナ/WWR、RH-770、GAWANT7
出力/1~5W
延べ交信局数/33
7MHz11(CW11)・21MHz2(CW2)・144MHz6(CW1/SSB3/FM2)・430MHz14(SSB3/FM11)
交信相手エリア/
1エリア/22
東京都/17(板橋区×8、練馬区×5、東久留米市×2、あきる野市、西東京市)
埼玉県/2(さいたま市大宮区、朝霞市)
埼玉県/2(さいたま市大宮区、朝霞市)
千葉県/1(山武郡芝山町)
<未確認>2
<未確認>2
2エリア/3
3エリア/4(滋賀県高島市、和歌山県岩出市他)
3エリア/4(滋賀県高島市、和歌山県岩出市他)
4エリア/1(岡山県津山市)
5エリア/0
6エリア/0
7エリア/0
8エリア/0
9エリア/0
0エリア/2(長野県東筑摩郡他)
5エリア/0
6エリア/0
7エリア/0
8エリア/0
9エリア/0
0エリア/2(長野県東筑摩郡他)



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