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移動運用その306/杉並区都立高井戸公園POTA/JA-1929(2022年4月30日)

4月下旬、新たにPOTA登録された杉並区の高井戸公園に移動運用。
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杉並区久我山付近神田川南西側に沿って位置する数年前に開園した新しい都立公園。
京王井の頭線富士見ヶ丘駅が最寄り。
この場所には以前からNHK富士見ヶ丘運動場、国立印刷局久我山運動場、王子製紙グラウンドという三つの広大な広場があった。
それを都市計画によって改めて整備し、都市公園としたという。
東京都建設局「高井戸公園の整備計画」答申によると、総面積は13.7ha。
昭和17年に防空緑地として当時の都市計画法に位置づけられ、昭和32年の東京都市計画における公園・緑地の再検討で種別運動公園として、都市計画決定された。 
そして2020年~2021年に掛けて北地区が開園。
現在、南地区も整備中とのこと。

 

〇久我山旧陸軍五式十五糎高射砲陣地について
現在、整備中の高井戸公園敷地内には太平洋戦争末期の1945年5月にB29迎撃用の旧陸軍五式十五糎高射砲が配備されていた。
久我山高射砲
当時としてはハイレベルの有効射高1万6千メートルを誇り、未確認だが1945年8月2日に久我山上空でB-29が2機撃墜されたという米軍記録がある。
この砲はドイツから供与されたウルツブルクレーダーで管制されたといわれる。
ドイツ・テレフンケン社から潜水艦で派遣されたハインリヒ・フォーデルス技師が日本無線三鷹工場敷地内に設けた多摩技術研究所分室でレーダー技術を日本人技師に指導し、量産化。その一号機が久我山の高射砲に実戦配備された。
これに関してはCQ出版社から以前発刊されていた「幻のレーダー・ウルツブルグ 」(津田 清一 著)に詳しく記されている。
絶版本らしいが何年か前のハムフェアーで購入して今でも手元にある。

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五式十五糎高射砲の陣地設置に関しては「旧陸軍高射砲第112連隊、第一大隊、第一中隊に装備され、昭和19年夏以降、数回にわたって杉並区久我山付近に陣地構築のための検分を行い、同年末頃、井の頭線富士見ヶ丘駅南西250mの神田上水を望む台地、台湾銀行などの運動場に陣地を選定した」とある。
(潮書房光人新社刊「丸」1994年4月号に掲載「世界最大級「五式」アンチエアガンの秘密」 / 佐山二郎著参照)。

砲が搬入されたのは昭和20年2月頃からで、もうそのころには陣地が完成していたと考えられる。
一方、ウィキペディアによると大阪陸軍造兵廠と日本製鋼所で各一門づつ完成した砲2門は共に東京の井の頭線久我山駅近く、現在の印刷局久我山運動場・野球A面のライト線あたり、東京都杉並区久我山2-18-18に配備されたとある。
しかし、ツイッターのまとめサイト「久我山の五式十五糎高射砲とウルツブルグに関するまとめ」や戦史同人誌「久我山の十五糎高射砲」(野崎健次、国本康文著)等によるとこの砲の陣地は砲塔写真の背景に映り込んだ建物の位置から王子製紙グラウンドの南西側NHK富士見ヶ丘運動場との境辺りに存在していたと推定している。
そこで国土地理院の航空写真から五式十五糎高射砲の陣地跡を探してみることにした。

 

〇1945年1月6日の久我山上空航空写真
まだ砲が設置される前の航空写真。
既に陣地づくりは始まっていると考えられるが、ウィキペディアの位置情報やツイッターの「久我山の五式十五糎高射砲とウルツブルグに関するまとめ」に記された陣地推定場所(「五式十五糎高射砲サイト」と記している箇所)を頼りに探ってみるが推定される場所には一見それらしき構築物は確認出来ない。

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しかし、拡大してコントラストを上げていくと「久我山の五式十五糎高射砲とウルツブルグに関するまとめ」に記された陣地推定場所に何やら円形の掘削溝か構築物があるように覗える。
元画像の解像度がさほど高くないのでこれ以上拡大してもぼやけてしまうのだが、どうやらここが五式十五糎高射砲陣地だった可能性が高い。
更にその南側、のちのNHK富士見ヶ丘運動場の場所にも円形の構築物が覗え、これも気になる。
この部分はかなり後まで残っていた。
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出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号/95D4 コース番号C1 写真番号8
撮影年月日1945/01/06(昭20) 撮影地域新宿・調布
撮影計画機関陸軍 市区町村名杉並区】

〇1948年3月29日の久我山上空航空写真
戦後3年経った久我山付近。
「五式十五糎高射砲サイト」には克明に陣地跡らしき構築物が残されている。
既に砲塔含めた主要機材は撤去されているようだ。
砲身は一門が米軍に接収されたが、輸送中に時化で放棄され、もう一門はスクラップにされたという。
一方ウィキペディアで示された陣地とされる印刷局久我山運動場・野球A面のライト線あたりにはこの時点でもそれらしきものは写っていない。
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出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 /USA コース番号/M871 写真番号 /15
撮影年月日/1948/03/29(昭23) 撮影地域/東京西北部
撮影高度(m)/1524 撮影計画機関/米軍
市区町村名/杉並区】

半年前の1947年9月の航空写真にも陣地跡が写っている。夏なので草木に覆われている様子。
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出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号/USA コース番号/M451 写真番号/19
撮影年月日/1947/09/08(昭22) 撮影地域/東京西北部 撮影高度(m)/1524
撮影計画機関/米軍 市区町村名/杉並区】

〇1956年3月10日の久我山上空航空写真
戦後11年経った久我山付近。
この頃にはもうNHK富士見ヶ丘運動場、国立印刷局久我山運動場、王子製紙グラウンドが整備され、陣地は跡形もない。
ただ、NHK運動場にある円形の構築物は戦前の航空写真からずっと残っており、興味深い。
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出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号/USA コース番号/M324 写真番号/296
撮影年月日/1956/03/10(昭31) 撮影地域/東京西北部 撮影高度(m)/3048
撮影計画機関/米軍 市区町村名/杉並区

国立印刷局久我山運動場図面
因みにウィキペディアで示されている「久我山運動場・野球A面のライト線あたり」を推定するための資料。野球グラウンドA面がどの位置なのか、この図面で解る。
久我山印刷局グラウンド
国立印刷局 庁舎及び工場等の図面・写真より引用】

〇1971年4月30日の久我山上空航空写真
神田川北東側に京王線の車両基地が新たに出来ている以外はあまり変化なし。
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出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号/MKT711X コース番号C6B 写真番号9
撮影年月日1971/04/30(昭46) 撮影地域東京西北部 撮影高度(m)3100
撮影計画機関国土地理院 市区町村名杉並区】

〇2017年5月30日の久我山上空航空写真
都市計画で3つの広場が高井戸公園として整備開始された頃の写真。
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出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号/ CKT20176 コース番号C39 写真番号10
撮影年月日2017/05/30(平29) 撮影地域東京 撮影高度(m)2209
撮影計画機関国土地理院 市区町村名杉並区】

 

〇移動運用当日
4月30日、14時過ぎに最寄り富士見ヶ丘駅到着。
この日はほぼ快晴。
神田川沿いに上って京王線車両基地ゲート前の橋を左折すると程なく高井戸公園入口。
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まだ北側しか開園していないが、広大な芝地が広がる。
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凧を揚げている親子も。
なだらかに盛り上がった芝地の奥、ウィキペディアで示された15cm高射砲陣地とされる印刷局久我山運動場・野球A面のライト線辺りで15時前より移動運用開始。
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南には高井戸清掃工場の煙突が望めるが、思ったほど眺望はなく、U、VHF帯の電波は飛びそうにない。
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15時半過ぎにGAWANT18MHz帯5WQRP、CWモードでJD1の局をお呼び掛けししたら繋がった。
他、40m、6m、430CWで移動局にお呼び掛けするが16時台回っても4局しか交信出来ない。
17時からセルフスポット、ツイッター告知してRH-770を使い430FMでCQを出すも空振りが続く。
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ツイッターで東村山市から応答頂いていた局長さんから連絡。
QRMがあるとのことで周波数を変えて何とかQSO.
送受信ともロケーション的に芳しくなかった。
それでも新宿の高層ホテルに移動されている局と2バンドQSOしたりと18時前までに何とかPOTAアクティベーションの10局交信に達する。
因みに本日は自分がデザインしたステーションエンブレムワッペンを愛用している英軍迷彩ジャケットに装着してみた。
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各局様交信ありがとうございました。
この日は晴れてはいたが風が強く、寒いほど。
また、近くでサッカーに興じる人達が居てたまにボールが飛び込みかけて落ち着けなかった。
遮るものがない広い芝地での移動運用は気持ちがよいが、ボール遊びする若者や親子連れも居るので公園の端のほうが無難かもしれない。
18時を回った所で撤収。
夕景が綺麗。
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77年前、成層圏を飛ぶB-29を狙って巨大な高射砲が火を噴いていたのを想像すると感慨深い。
実際、その高射砲陣地があったと推定される場所にも行ってみる。
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まだ工事中の元NHKグラウンドとの境辺りだ。
当然、陣地の面影など皆無。何一つ痕跡すら見当たらず。
再び、公園の芝地を通って神田川沿いに富士見ヶ丘駅に戻る。
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POTAを始めて、それぞれの公園の足跡を辿る事も多くなった。
その多くが80年近く前の戦争に由来し、旧軍や占領軍によって管理されてきた事に気が付かされる。
【参考文献/「幻のレーダー・ウルツブルグ 」津田 清一 著(CQ出版社)
「世界最大級「五式」アンチエアガンの秘密」佐山二郎著(潮書房光人新社刊「丸」1994年4月号掲載 )
ツイッターのまとめサイト「久我山の五式十五糎高射砲とウルツブルグに関するまとめ」
戦史同人誌「久我山の十五糎高射砲」(野崎健次、国本康文著)】

交信データ
移動地/
東京都杉並区都立高井戸公園JCC#100115(POTA/JA-1929)標高49.6m

交信日時/2022年4月30日
交信時間/1459~1752JST
周波数/7・18・50・144・430MHz/CW・FM・SSB 
天候/晴れ
無線機/IC-705・VX-3
アンテナ/RH-770
GAWANT・GAWANT7・ミズホPAN-62
出力/0.5~5W
延べ交信局数/10
7MHz1(CW1)・18MHz1(CW1)・50MHz1(CW1)・144MHz1(FM1)・430MHz6(CW1/FM5)
交信相手所在地/
東京都(新宿区×2、杉並区、港区、八王子市、東村山市、武蔵野市、小笠原村)
長野県(安曇野市
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POTA_JA-1929

 

 

 

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