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移動運用その286/東京都練馬区「都立光が丘公園」POTA移動(2021年12月11日)

7日に引き続き、POTA公園移動。
場所は練馬区「光が丘公園」。
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先日の「府中の森公園」同様、在日米軍基地返還跡地利用公園である。
規模は60.7ヘクタールと日比谷公園の4倍の規模。
かつては「グラントハイツ」と呼ばれたのをよく覚えていたが、これまで一度も足を運ぶことはなかった。
まずはこの機会にその変遷を調べてみる。

●「光が丘公園」周辺の変遷

●成増飛行場時代(1943年~1945年)
C36(8913)-C2-398aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号/ C36(8913) コース番号/ C2 写真番号/398
撮影年月日/ 1944/10/24(昭19) 撮影地域 /東京・横浜 撮影計画機関/ 陸軍 市区町村名/ 練馬区)

1943年、帝都防衛の航空隊基地として旧陸軍が成増飛行場を建設。
南北1800mの滑走路が整備され、陸軍の飛行第47戦隊、第43飛行場大隊、航空廠立川分廠成増分遣整備隊が置かれた(ウィキペディアより)。

●「グラントハイツ」時代(1945年~1973年)
USA-M636-A-No1-180aa
USA-M380-94aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 
USA コース番号 /M636-A-No1 写真番号/ 180 撮影年月日 /1947/11/08(昭22)
撮影地域 /東京西北部 撮影高度(m) /6096 撮影計画機関 /米軍 市区町村名 /練馬区)

終戦後、進駐軍が高級士官家族用住宅エリアとして接収。
「グラントハイツ」と名付けた。
命名由来は南北戦争当時の北軍将軍で後に大統領にもなったユリシーズ・シンプソン・グラントから。
ウィキペディアによると敷地面積約1.81 km2、建物数約730、入居家族世帯は1,284とある。
1959年位まで東武東上線から啓志線という引き込み専用線が上板橋駅から敷かれていた。
「日本の中のアメリカンタウン」のようなエリアで、学校、映画館、教会、銀行が備えられ西部開拓時代の「砦」を彷彿とさせる。
周りはフェンスで囲まれて日本人は許可なく入ることは許されず、不法侵入者は罰せられた。

●「光が丘」造成時代(1973年~1981年)
CKT794-C6A-17ab
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 
CKT794 コース番号 /C6A 写真番号 /17 撮影年月日/ 1979/11/14(昭54)
撮影地域 /東京 撮影高度(m) /2100 撮影計画機関 /国土地理院 市区町村名 /練馬区)
1973年に全面返還。
しかし暫く再開発方針が定まらず、保留地状態が続く。
広大な土地故、首都圏大地震があった際、杉並区密集地帯住民の避難場所として指定されたこともあった。
結局南側が巨大集合住宅、北側が公園として整備されることが決まる。
返還4年後の1977年にやっと公園造成が開始。
1979年の航空写真だと公園部分の造成が盛んにおこなわれている様子が解る。

●「光が丘」完成(1981年~)
CKT892-C12-17ab
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 
CKT892 コース番号 /C12 写真番号 /17 撮影年月日/ 1989/11/03(平1)
撮影地域 /東京北部 撮影高度(m) /1500 撮影計画機関 /国土地理院 市区町村名 /和光市)

1981年に「光が丘公園」開設。
1991年に大江戸線「光が丘」駅が開業。
1992年「光ヶ丘団地」完成。


●移動運用ポイントの変遷

12月11日土曜日午後、JR中央線東中野経由で大江戸線「光が丘」へ。
地上に出て南北に延びる「ふれあいの径」を5分程歩くと公園に着く。
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天候は快晴。日差しに紅葉が映える。
出来るだけ眺望の利く開けた高い場所を探索。
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「芝生広場」で小高くなった「丘」を見つけ、登ってみる。
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樹木に覆われて然程眺望は効かないが、取り敢えずこの周辺では最も高度がありそうだったのでピーク近くの芝地にレジャーシートを敷いて運用することに。
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後でカシミール3Dと国土地理院地図で調べてみると、ここだけ等高線と標高40mが記されていた。
ピークは大凡海抜43~44m。
この場所が人工物を除き、公園内で最も標高がありそうなポイントなのかもしれない(赤い丸の範囲)。
光が丘公園20211211aa
そこで例によって航空写真の遍歴でこのピークが天然の「丘」であるか探ってみた。

●「グラントハイツ」時代(1948年)
USA-M866-18aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 
/ USA コース番号 / M866 写真番号 / 18 撮影年月日 / 1948/03/29(昭23)
撮影地域 / 東京西北部 撮影高度(m)/  1524 撮影計画機関 / 米軍 市区町村名/ 練馬区)

もともとこの辺りは平坦な土地で成増飛行場造成の時に僅かな起伏も均してしまったそうだから、「グランドハイツ」時代に「天然の丘」が存在しているとは思えない。
実際、「ピーク」の場所を照合してみると大きな施設(学校?)が建てられているようだから最初から起伏はなさそうだ。

●「グラントハイツ」返還後未造成時代(1975年)
CKT7415-C21A-22aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 
/ CKT7415 コース番号 / C22A 写真番号 / 23 撮影年月日 / 1975/01/10(昭50)
撮影地域 / 東京 撮影高度(m) / 1200 撮影計画機関 / 国土地理院 市区町村名 / 練馬区)

「グランドハイツ」が返還されて2年後の写真。
「ピーク」付近の大規模な建築物も解体されつつあり。
もしかすると、このあたりの廃材と残土を利用して、後の造成時に「丘」を作ったのかもしれない。

●造成中の光が丘公園(1979年)
CKT794-C6A-17aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 
CKT794 コース番号 /C6A 写真番号 /17 撮影年月日/ 1979/11/14(昭54)
撮影地域 /東京 撮影高度(m) /2100 撮影計画機関 /国土地理院 市区町村名 /練馬区)

この時期になってやっと「丘」らしき存在が見えてきた。やはり、人造された「ピーク」であることは間違いないと思われる。

●完成後の光が丘公園(1989年)
CKT892-C12-17aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 
CKT892 コース番号 /C12 写真番号 /17 撮影年月日/ 1989/11/03(平1)
撮影地域 /東京北部 撮影高度(m) /1500 撮影計画機関 /国土地理院 市区町村名 /和光市)

参考に現在の光が丘と「グランドハイツ」施設の位置関係の解説動画がYOU TUBEに上がっているので貼り付けておく。


この動画によると今回移動運用した「芝生広場」標高約44mの「ピーク」にはかつて「Narimasu elementary school」の校舎があったようだ。
その瓦礫が今、「ピーク」の下に埋まっているのかもしれない。

●当日の移動運用
運用開始したのが15時20分過ぎ。
丁度「羽田新ルート」の真下だったらしく頻繁に旅客機が上空を通過していく。
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この日は6m用のポケットダイポールも持参したので50MHzからオンエア。
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時間帯が遅かったのか土曜にも拘わらず移動局は聴こえず。
暫くCWモードでCQを出していたが繋がったのは固定局1局のみ。
16時20分頃から144MHz帯にQSY.
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出力5w/CWモードでCQを出すと何とか呼ばれるように。
コンディションやロケーションにもよるが最近は50MHzより144MHz帯のほうがレスポンスが良いような感じ。
続いて430FMモードでCQ。
無線人口の多い練馬区内だったのが幸いしたのか近隣の固定局やモービルの方から応答頂き、何とか10局以上達成し、アクティベーション成立。
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時刻は18時近く。すっかり周りは真っ暗。
近くに街灯もなかったのでポケット懐中電灯片手に撤収。
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清掃工場煙突の上に半月が掛かっていた。
クリスマスイルミネーション中の「ふれあいの径」を通り、途中「大戸屋」でチャージ。
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本日のPOTA移動運用を終える。
各局様交信ありがとうございました。

交信データ
移動地/東京都練馬区「光が丘公園」芝生広場(POTA JA-1249)
交信日時/2021年12月11日
運用時間/1527~1740JST
周波数/50MHz(CW・SSB)・144MHz(CW・SSB)・430MHz(FM)
天候/晴れ
無線機/IC-705
アンテナ/
RH-770・ミズホポケットDP
出力/0・5W~5W
延べ交信局数/12
50MHz2(CW1SSB1)・144MHz5(CW4SSB1)・430MHz5(FM5)
交信相手所在地/
東京都7(八王子市、練馬区×5<大泉町、大泉学園町、石神井町他>、板橋区
埼玉県2(和光市、秩父郡東秩父村)
神奈川県1(相模原市緑区)
栃木県1(足利市)
未確認1

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