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2021年12月

移動運用その289/東京都新宿区NSビルクリスマス移動(2021年12月24日)

クリスマスイブの夜。恒例のクリスマス仕様QSLカードを作り、いつもの西新宿野村ビル展望ロビーに向かう。
2021クリスマスQSLaa
現地に到着したのは20時過ぎ。
ところが珍しく展望ロビーに「先客」様が移動運用中。
ここでバッティングしたのは初めてかもしれない。
430、144FMをワッチしてみたが西新宿移動の強い信号は入感せず、もしかするとライセンスフリーの方か?
やむなく野村ビルを降りて別の場所に。
かつては此処以外にも、西新宿界隈には住友ビル、新宿センタービルに展望ロビーがあったのだが今は存在せず、都庁展望ロビーは無線が制限されていて、選択肢はNSビルしかなくなった。
NSビルも正式な展望ロビーではなく、29階レストラン街店舗の間のスペース。
高さも野村ビルには及ばない130m。
IMG_20211224_202633aa
結局、辿り着くのに時間を食って運用開始したのが20時40分過ぎ。
VX-3で430FMにQRV.
約25分間の運用で5局と交信いただいた。
IMGP0286aa
QSO TNX.


先日から「e-QSL」を再開。
3年前位に登録し、チャレンジしたのだが要領が解らないまま手を付けてしまい、常置場所と移動用アカウント二つしか作らず、その上10年分の交信ログを同じ内容で重複アップしてしまったため、おかしなことになってしまい手作業で修正するも作業量が膨大で頓挫。
それ以降更新せず一旦放置してしまった。
しかし今年の11月に「CQワールドワイドDXコンテスト」で多くのDX局と交信出来た機会に改めて「e-QSL」を再開。今度は慎重に交信データを移動運用毎、カードデザイン変更毎にアカウントを作ってe-QSL発行を始めた。
今回のクリスマス仕様のQSLもアカウント新設し、e-QSL仕様に作り替えてログデータと共にアップロード。
JH1EAF-1_202112Xmas_shin_EQSLaa

ビューロー経由だとすぐに発行したとしても交信相手に届くのは数か月後だが、「e-QSL」だとタイムラグがない。
といっても「e-QSL」カードのデザインはデフォルト設定だと決められた数種類しかなく、フォントも単調。レイアウトも横長のみ限定的。
但し、寄付してブロンズメンバーになればオリジナルのカードが使用できる。
既存のテンプレートに縛られることなく、運用場所、JCCナンバー、受信機名含め、オリジナルカード内に自由にレイアウトも可能になる。
ただ解像度が低く設定されてしまうのは残念。
結局のところ「e-QSL」は最低限交信確認が出来るレベルのものと割り切ったほうがよいだろう。
それに質量のないデータだから一瞬で消える危険性もある。
結局ビューロー経由の紙カードと併用して活用するのがベターなのかもしれない。

交信データ
移動地/新宿区NSビル29階(標高130m)
交信日時/2021年12月24日
交信時間/2041~2107JST
周波数/430MHzFM
天候/晴れ
無線機/スタンダードVX-3 
アンテナ/SRH805S
出力/1W
延べ交信局数/5
430MHz5(FM)
交信相手所在地/

東京都4(板橋区、世田谷区、目黒区、稲城市

神奈川県1(横浜市金沢区)

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移動運用その288/東京都渋谷区「都立明治公園」POTA移動(2021年12月18日)

冬晴れの週末。
この日もPOTA移動運用に赴く。
都内でもあまりアクティベーションされていない公園をPOTAサイトで探し、その一つである都立明治公園へ。
IMGP0207aa
最寄り駅はJR千駄ヶ谷駅。
明治公園は、東京都新宿区霞ヶ丘町および渋谷区千駄ヶ谷一丁目にある。
明治神宮外苑に隣接するが、神宮の管轄ではない。国立競技場が1964年東京オリンピックのメイン会場に決まった際に整備され、同年に開園した。東京都東部公園緑地事務所が管理している(ウェキペディアより)。
現在、新国立競技場建設に伴い、消滅した「四季の庭」「霞岳広場」の代わりに拡張整備が構想されているらしく、現状ではどこまでが明治公園の敷地にあたるのか不明瞭。
ただ、東京都建設局のサイトによると少なくとも渋谷区側の東京体育館周りは現在でも都立明治公園エリアに含まれるのは間違いなさそう。
人通りも多く、あまり落ち着けそうもないが移動運用場所としてはこの辺り位しか思い当たらず。
東京オリンピック開催に伴ってこの周辺は立ち入り規制されていて、そのせいかこれまでPOTA運用者が少なかったのだろうか?
それはさておき、15時前に千駄ヶ谷駅到着。目の前が東京体育館。
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体育館周辺は何やらイベントでも催されているようだった。
利用案内の看板を確認。
IMGP0209aa
アマ無線云々に関しては直接規制条項に含まれてはいなかったが、あまり長居はしたくない場所だ。
冷たい風も吹き抜けていて思ったよりも人は疎ら。ベンチも無人状態。
取り敢えず、迅速にアクティベーションを済ますべく、運用開始。
IMGP0210aa
POTAサイトに運用予告やツイッターにも告知を入れる。
とはいえ、都心のビルに囲まれた平地からMAX5WQRP運用で交信数を稼ぐのは至難の業。それにもう夕方だ。
週末ゆえ、移動局もまだ出ていたので144と430で躊躇する間もなく、どんどんお呼びする。
CWモードでもCQ出してみるが応答なし。
ふと東の空を観ると満月に近い月がビルの谷間から登ってきた。
IMGP0216aa
あまりのんびりしてもいられないので430FMで16時前からCQを出す。
IMGP0212aa
約45分間で10局から応答を頂き、トータル14QSO.
何とかアクティベーション達成することが出来た。
17時前に体育館前を撤収。
IMGP0230aa
帰り際、JR千駄ヶ谷駅でQSLカードに交信分「駅スタンプ」捺印。
IMGP0239aa
「駅前QRV」として運用してもよかったかもしれない。
各局様交信ありがとうございました。

交信データ
移動地/東京都渋谷区都立明治公園(POTA JA-1252)
交信日時/2021年12月18日
運用時間/1514~1645JST
周波数/144MHz(SSB)・430MHz(FM)
天候/晴れ
無線機/IC-705
アンテナ/
RH-770
出力/0.5W~5W
延べ交信局数/14
144MHz1(SSB)・430MHz13(FM13)
交信相手所在地/
東京都8(目黒区、文京区、新宿区、大田区、渋谷区代々木パーキング、練馬区、港区、西東京市
埼玉県4(飯能市、新座市、草加市、川口市)
神奈川県2(横浜市緑区、横須賀市)



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移動運用その286/東京都練馬区「都立光が丘公園」POTA移動(2021年12月11日)

7日に引き続き、POTA公園移動。
場所は練馬区「光が丘公園」。
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先日の「府中の森公園」同様、在日米軍基地返還跡地利用公園である。
規模は60.7ヘクタールと日比谷公園の4倍の規模。
かつては「グラントハイツ」と呼ばれたのをよく覚えていたが、これまで一度も足を運ぶことはなかった。
まずはこの機会にその変遷を調べてみる。

●「光が丘公園」周辺の変遷

●成増飛行場時代(1943年~1945年)
C36(8913)-C2-398aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号/ C36(8913) コース番号/ C2 写真番号/398
撮影年月日/ 1944/10/24(昭19) 撮影地域 /東京・横浜 撮影計画機関/ 陸軍 市区町村名/ 練馬区)

1943年、帝都防衛の航空隊基地として旧陸軍が成増飛行場を建設。
南北1800mの滑走路が整備され、陸軍の飛行第47戦隊、第43飛行場大隊、航空廠立川分廠成増分遣整備隊が置かれた(ウィキペディアより)。

●「グラントハイツ」時代(1945年~1973年)
USA-M636-A-No1-180aa
USA-M380-94aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 
USA コース番号 /M636-A-No1 写真番号/ 180 撮影年月日 /1947/11/08(昭22)
撮影地域 /東京西北部 撮影高度(m) /6096 撮影計画機関 /米軍 市区町村名 /練馬区)

終戦後、進駐軍が高級士官家族用住宅エリアとして接収。
「グラントハイツ」と名付けた。
命名由来は南北戦争当時の北軍将軍で後に大統領にもなったユリシーズ・シンプソン・グラントから。
ウィキペディアによると敷地面積約1.81 km2、建物数約730、入居家族世帯は1,284とある。
1959年位まで東武東上線から啓志線という引き込み専用線が上板橋駅から敷かれていた。
「日本の中のアメリカンタウン」のようなエリアで、学校、映画館、教会、銀行が備えられ西部開拓時代の「砦」を彷彿とさせる。
周りはフェンスで囲まれて日本人は許可なく入ることは許されず、不法侵入者は罰せられた。

●「光が丘」造成時代(1973年~1981年)
CKT794-C6A-17ab
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 
CKT794 コース番号 /C6A 写真番号 /17 撮影年月日/ 1979/11/14(昭54)
撮影地域 /東京 撮影高度(m) /2100 撮影計画機関 /国土地理院 市区町村名 /練馬区)
1973年に全面返還。
しかし暫く再開発方針が定まらず、保留地状態が続く。
広大な土地故、首都圏大地震があった際、杉並区密集地帯住民の避難場所として指定されたこともあった。
結局南側が巨大集合住宅、北側が公園として整備されることが決まる。
返還4年後の1977年にやっと公園造成が開始。
1979年の航空写真だと公園部分の造成が盛んにおこなわれている様子が解る。

●「光が丘」完成(1981年~)
CKT892-C12-17ab
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 
CKT892 コース番号 /C12 写真番号 /17 撮影年月日/ 1989/11/03(平1)
撮影地域 /東京北部 撮影高度(m) /1500 撮影計画機関 /国土地理院 市区町村名 /和光市)

1981年に「光が丘公園」開設。
1991年に大江戸線「光が丘」駅が開業。
1992年「光ヶ丘団地」完成。


●移動運用ポイントの変遷

12月11日土曜日午後、JR中央線東中野経由で大江戸線「光が丘」へ。
地上に出て南北に延びる「ふれあいの径」を5分程歩くと公園に着く。
IMGP0124aa
IMGP0127aa
天候は快晴。日差しに紅葉が映える。
出来るだけ眺望の利く開けた高い場所を探索。
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「芝生広場」で小高くなった「丘」を見つけ、登ってみる。
IMGP0131aa
樹木に覆われて然程眺望は効かないが、取り敢えずこの周辺では最も高度がありそうだったのでピーク近くの芝地にレジャーシートを敷いて運用することに。
IMGP0137aa
後でカシミール3Dと国土地理院地図で調べてみると、ここだけ等高線と標高40mが記されていた。
ピークは大凡海抜43~44m。
この場所が人工物を除き、公園内で最も標高がありそうなポイントなのかもしれない(赤い丸の範囲)。
光が丘公園20211211aa
そこで例によって航空写真の遍歴でこのピークが天然の「丘」であるか探ってみた。

●「グラントハイツ」時代(1948年)
USA-M866-18aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 
/ USA コース番号 / M866 写真番号 / 18 撮影年月日 / 1948/03/29(昭23)
撮影地域 / 東京西北部 撮影高度(m)/  1524 撮影計画機関 / 米軍 市区町村名/ 練馬区)

もともとこの辺りは平坦な土地で成増飛行場造成の時に僅かな起伏も均してしまったそうだから、「グランドハイツ」時代に「天然の丘」が存在しているとは思えない。
実際、「ピーク」の場所を照合してみると大きな施設(学校?)が建てられているようだから最初から起伏はなさそうだ。

●「グラントハイツ」返還後未造成時代(1975年)
CKT7415-C21A-22aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 
/ CKT7415 コース番号 / C22A 写真番号 / 23 撮影年月日 / 1975/01/10(昭50)
撮影地域 / 東京 撮影高度(m) / 1200 撮影計画機関 / 国土地理院 市区町村名 / 練馬区)

「グランドハイツ」が返還されて2年後の写真。
「ピーク」付近の大規模な建築物も解体されつつあり。
もしかすると、このあたりの廃材と残土を利用して、後の造成時に「丘」を作ったのかもしれない。

●造成中の光が丘公園(1979年)
CKT794-C6A-17aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 
CKT794 コース番号 /C6A 写真番号 /17 撮影年月日/ 1979/11/14(昭54)
撮影地域 /東京 撮影高度(m) /2100 撮影計画機関 /国土地理院 市区町村名 /練馬区)

この時期になってやっと「丘」らしき存在が見えてきた。やはり、人造された「ピーク」であることは間違いないと思われる。

●完成後の光が丘公園(1989年)
CKT892-C12-17aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 
CKT892 コース番号 /C12 写真番号 /17 撮影年月日/ 1989/11/03(平1)
撮影地域 /東京北部 撮影高度(m) /1500 撮影計画機関 /国土地理院 市区町村名 /和光市)

参考に現在の光が丘と「グランドハイツ」施設の位置関係の解説動画がYOU TUBEに上がっているので貼り付けておく。


この動画によると今回移動運用した「芝生広場」標高約44mの「ピーク」にはかつて「Narimasu elementary school」の校舎があったようだ。
その瓦礫が今、「ピーク」の下に埋まっているのかもしれない。

●当日の移動運用
運用開始したのが15時20分過ぎ。
丁度「羽田新ルート」の真下だったらしく頻繁に旅客機が上空を通過していく。
IMGP0133aa
この日は6m用のポケットダイポールも持参したので50MHzからオンエア。
IMGP0134aa
時間帯が遅かったのか土曜にも拘わらず移動局は聴こえず。
暫くCWモードでCQを出していたが繋がったのは固定局1局のみ。
16時20分頃から144MHz帯にQSY.
IMGP0139aa
出力5w/CWモードでCQを出すと何とか呼ばれるように。
コンディションやロケーションにもよるが最近は50MHzより144MHz帯のほうがレスポンスが良いような感じ。
続いて430FMモードでCQ。
無線人口の多い練馬区内だったのが幸いしたのか近隣の固定局やモービルの方から応答頂き、何とか10局以上達成し、アクティベーション成立。
IMGP0141aa
時刻は18時近く。すっかり周りは真っ暗。
近くに街灯もなかったのでポケット懐中電灯片手に撤収。
IMGP0168aa
清掃工場煙突の上に半月が掛かっていた。
クリスマスイルミネーション中の「ふれあいの径」を通り、途中「大戸屋」でチャージ。
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IMGP0172aa
本日のPOTA移動運用を終える。
各局様交信ありがとうございました。

交信データ
移動地/東京都練馬区「光が丘公園」芝生広場(POTA JA-1249)
交信日時/2021年12月11日
運用時間/1527~1740JST
周波数/50MHz(CW・SSB)・144MHz(CW・SSB)・430MHz(FM)
天候/晴れ
無線機/IC-705
アンテナ/
RH-770・ミズホポケットDP
出力/0・5W~5W
延べ交信局数/12
50MHz2(CW1SSB1)・144MHz5(CW4SSB1)・430MHz5(FM5)
交信相手所在地/
東京都7(八王子市、練馬区×5<大泉町、大泉学園町、石神井町他>、板橋区
埼玉県2(和光市、秩父郡東秩父村)
神奈川県1(相模原市緑区)
栃木県1(足利市)
未確認1

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移動運用その287/東京都練馬区「都立石神井公園」POTA移動(2021年12月12日)

連日のPOTA公園移動運用敢行。
12日日曜日は練馬区にある都立石神井公園へ。
IMGP0175aa
ここも本格的移動運用地としては初。

石神井公園は三宝寺池と石神井池を中心にした雑木林に囲まれた公園。
井の頭池、善福寺池と並び、武蔵野三大湧水池として知られる。
石神井公園20211212aa
また三宝寺池の南の台地に石神井城跡がある。
鎌倉時代中期~末期頃の築城と考えられ、文明9年(1477年)、豊島勘解由左衛門尉が城主の時に太田道灌に攻め落とされ、以後は廃城となったが、城の中心部分にあたる内郭の土塁と空堀は今も残っている(練馬区サイトより)。

アクセスは西武池袋線石神井公園駅から徒歩7分程度。

今回、移動運用した場所は石神井池東端の「わくわく広場」沿い。
机とベンチが置かれていたのでその一つをお借りした。
標高は約41m。眺望は殆どなく、池のボートが眺められる程度。
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13時頃よりQRV。
RH-770で144と430MHzに1~5WQRP運用。
比較的早い時間帯で日曜でもあったので移動局を数局お呼び掛けした後、13時半頃より144MHz帯CWモードでCQを出し3局とQSO。
更に430FMでCQを出し2局とお繋ぎ頂く。14時半頃までに何とか10局クリアしてアクティベーション達成。
この日は夕方より所用があったので14時半過ぎに撤収。
公園内は12月中旬でもまだ紅葉が残り、午後の陽に映えていた。
IMGP0194aa
IMGP0199aa
IMGP0201aa
IMGP0203aa
次に石神井公園で移動運用する時は石神井城跡辺りから出るのも一興。
各局様QSOありがとうございました。

交信データ
移動地/東京都練馬区「石神井公園」わくわく広場(POTA JA-1237)
交信日時/2021年12月12日
運用時間/1302~1432JST
周波数/144MHz(CW・SSB)・430MHz(SSB・FM)
天候/晴れ
無線機/IC-705
アンテナ/
RH-770
出力/0.5W~5W
延べ交信局数/11
144MHz5(CW3/SSB2)・430MHz6(SSB1/FM5)
交信相手所在地/
東京都5(板橋区、青梅市、昭島市×2、西多摩郡桧原村
埼玉県1(入間郡越生町)
神奈川県3(横浜市港北区、相模原市緑区、厚木市)

千葉県1(佐倉市)
群馬県1(前橋市)

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移動運用その285/東京都府中市「府中の森公園」POTA移動(2021年12月7日)

12月7日は所要で府中市方面に出掛ける用事があったため、POTA(Parks on the Air)登録の「府中の森公園」へ移動運用を敢行する。
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この「府中の森公園」は1991年6月に開設された。
場所は府中市のほぼ中央部。面積は17ヘクタール。
旧陸軍が1939年から燃料廠(しょう)として使っていた施設を1945年に進駐した米軍が接収し、一時期在日米軍司令部となる。
1973年には、北側の通信施設を除く基地全体が米軍より返還され、東側が航空自衛隊府中基地、西側が市立美術館や府中の森公園となる。
北側の廃墟化した通信施設周辺は何回か赴いたことがあった。
隣接する浅間山公園からはパラボラアンテナも覗える。
以下の写真は2018年5月に浅間山公園と施設周辺から撮影した府中通信施設トロポサイト。
IMGP4132a
IMGP4163a
IMGP4199a
IMGP4204a
IMGP4233aa
しかし、南側の「府中の森公園」はこれまで一度も足を踏み入れたことがなかった。

●府中基地周辺の変遷
在日米軍基地返還跡地公園へはこれまでも度々移動運用してきたがその変遷はなかなか興味深い。
返還後、久しく手付かずだった「忘れられた土地」への移動運用はエモーショナルなロマンを呼び起こす。
今回も国土地理院の航空写真を基に時間を遡ってみる。


●1945年1月の航空写真

95D4-C2-18aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 /95D4 コース番号/ C2 写真番号 /18 撮影年月日/ 1945/01/06(昭20)
撮影地域/ 新宿・調布 撮影高度(m) /3000 撮影計画機関/ 陸軍 市区町村名/ 府中市 )

前述したとおり、ここはかつて旧陸軍の燃料廠(しょう)として開墾された。
当時の航空写真を見ると辺りは田畑が殆どであったが、多磨霊園と浅間山公園、そして南側の東京競馬場は今とほぼ変わらず存在していたことが解る。

●1948年3月の航空写真
USA-M871-3ab
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 /USA コース番号/ M871 写真番号/ 3 撮影年月日 /1948/03/29(昭23) 撮影地域/青梅
撮影高度(m)/ 1524  撮影計画機関/ 米軍 市区町村名 /府中市)
終戦後、旧陸軍燃料廠は米軍に接収され極東第五空軍司令部と在日米軍司令部が設置される。
接収後も暫くは進駐軍が旧陸軍の施設をそのまま利用していたようで大きな変化はない。
この状況は大和田通信基地と変遷が似ている。


●1975年1月の航空写真
CKT7415-C29A-2ab
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 / CKT7415 コース番号 / C29A 写真番号 / 2 撮影年月日/  1975/01/20(昭50)
撮影地域 / 東京 撮影高度(m) / 1200 撮影計画機関/  国土地理院 市区町村名/ 府中市)

北側を除いて1975年に米軍から返還された頃の航空写真。
旧陸軍燃料廠時代の建物も残っているようだが、大半は改築されている。

●1979年10月の航空写真
CKT794-C12A-2ab
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号/ CKT794 コース番号/ C12A 写真番号/ 2 撮影年月日/ 1979/10/08(昭54)
撮影地域/ 東京 撮影高度(m)/ 2100 撮影計画機関/ 国土地理院 市区町村名/ 府中市)
返還後、西側が公園や市施設、東側が自衛隊基地と決まったが、4年後の1979年の航空写真ではまだ再整備が始まっておらず、米軍施設がそのまま残されている状態。

●1992年10月の航空写真
CKT921-C9A-9ab
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 /CKT921 コース番号/ C9A 写真番号/ 9 撮影年月日/ 1992/10/10(平4)
撮影地域 /東京首部 撮影高度(m) /1580  撮影計画機関/ 国土地理院  市区町村名/ 府中市)

返還から18年後の1991年にやっと「府中の森公園」が開園。
北側の通信施設を除いて南西側が市の公共施設や公園、南東側が航空自衛隊府中基地として整備される。

●2019年10月の航空写真
CKT20191-C67-36ab
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号  /CKT20191 コース番号 / C67 写真番号  /36 撮影年月日 / 2019/10/30(令1)
撮影地域  /東京 撮影高度(m) / 3169 撮影計画機関 / 国土地理院 市区町村名 /府中市)

直近の航空写真。
1945年当時と比べ、周辺の宅地化変貌が驚異的。変わっていないのは多磨霊園、浅間山公園、そして府中基地の一部。

●移動運用ポイントの変遷
当日、移動運用したポイントは「おおきな広場」エリアにある、やや小高くなった芝生の頂上。
IMG_20211207_145459aa
府中の森公園20211207aa
カシミール3D地図で調べると確かにこのポイントは周りよりも盛り上がっており、恐らく公園内では建築物を除いて最も高度がある場所のように思える(赤い丸に囲まれた場所)。
これが自然の起伏に基づいているのか調べてみる。

●1948年7月の航空写真
USA-M1121-A-108aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号/ USA コース番号/ M1121-A 写真番号 /108 撮影年月日/ 1948/07/26(昭23)
撮影地域/ 青梅 撮影高度(m) /1524 撮影計画機関 /米軍 市区町村名/ 府中市)
終戦後間もない米軍に接収されてから3年後の府中基地。
施設屋根にはまだ旧陸軍当時に塗られたと思われる迷彩柄が残っている。
「おおきな広場」に相当する辺りは特段に起伏があるようには思われない(赤い丸で囲まれた場所)。

●1979年10月の航空写真
CKT794-C12A-2aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号/ CKT794 コース番号/ C12A 写真番号/ 2 撮影年月日/ 1979/10/08(昭54)
撮影地域/ 東京 撮影高度(m)/ 2100 撮影計画機関/ 国土地理院 市区町村名/ 府中市)

返還から4年後、まだ再整備が始まっていない頃の府中基地。
「おおきな広場」に相当する辺りは普通に施設が立ち並んでおり、起伏は確認出来ない(赤い丸で囲まれた場所)。

●1992年10月の航空写真
CKT921-C9A-9aa
(出典:国土地理院ウェブサイト画像を元にJH1EAF作成。
整理番号 /CKT921 コース番号/ C9A 写真番号/ 9 撮影年月日/ 1992/10/10(平4)
撮影地域 /東京首部 撮影高度(m) /1580  撮影計画機関/ 国土地理院  市区町村名/ 府中市)

「府中の森公園」開園直後の航空写真。
この時点でやっと「丘」のようなものが確認出来る(赤い丸で囲まれた場所)。
昭和記念公園の「こもれびの丘」と同じく、公園設営時に出た残土で作った人工丘と考えてよいだろう。


●当日の移動運用状況
さて、当日は曇り空。
所用を終えた後、京王線東府中駅から徒歩でアプローチすることに。
府中基地の看板のあるT字路を左折し、府中芸術劇場手前の道を右折すると駅から15分程で公園に辿り着く。
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園内は樹木エリアも広く落ち葉が深く積もっていて、その上を歩くと心地よい。
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上空には在日米軍と思われる輸送機が何回も旋回していた。
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なだらかな「丘」の頂上にレジャーシートを敷いて運用開始。
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事前にPOTAサイトに移動予告を入れ、15時過ぎから30分程GAWANTを使用し21MHzQRP5wでCQ出してみるが応答なし。
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ツイッターから「北関東ではノーメリット」とのレポート頂く。
コンディションもBFで他に受信出来る局もない。
HFは諦め、アンテナをRH-770に代えて144MHz帯CWモードにQSY.
16時過ぎからやっとぽつぽつと応答頂き、5局ほど交信。
他、144SSB,430FMでお声掛けして2局ほどお繋ぎ頂くがまだ7局。
アクティベーションするにはまだ3局足りず。
しかし、16時半過ぎより雨がパラついてきた。
慌てて屋根のある場所に退避。
その後、雨宿り出来るベンチから430FMでCQを出し、17時35分過ぎに一局お繋ぎ頂くが、後が続かない。
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辺りは暗くなって雨も更に強くなる予想だったので止む無く18時過ぎに引き上げることに。
結局、今回はアクティベーション不成立で撤退。
平日で時間も遅かったという理由もあるが残念な結果に。
帰りはバスでから武蔵小金井に向かうことに。
ところが行先が逆の府中駅方面の「天神町二丁目」バス停には辿り着いたが反対車線のバス停がどうしても見つからず、仕方なく府中駅行バスに乗って改めて府中駅から武蔵小金井駅行きで折り返すというロス。
後で調べてみると武蔵小金井駅行バス停は反対車線の100m以上先にあった。
初めて行く土地勘のない場所だとこういったロスが発生する。
スマホで調べる地図でもバス停の場所が解りにくく、特に夜間で雨の降っている日等は尚更。
もっとも所用ついでの一人移動運用。特に急ぐ理由もなかったのでこれも一興とする。

交信データ
移動地/東京都府中市「府中の森公園」(POTA JA-1281)
交信日時/2021年12月7日
運用時間/1556~1736JST
周波数/430MHz(FM)・144MHz(CW・SSB)
天候/曇りのち雨

無線機/IC-705
アンテナ/
RH-770
出力/1W~5W
延べ交信局数/8
144MHz6(CW5SSB1)・430MHz2(FM2)
交信相手所在地/
東京都5(世田谷区×2、練馬区、武蔵野市、東村山市
神奈川県1(川崎市高津区)
未確認2

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