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2018年5月

移動運用その202/昭和記念公園『こもれびの丘』移動(2018年5月12日)

3月23日付けの当ブログ『国土地理院5メートルメッシュ標高データとKASHIMIR 3Dで移動運用地を探す』で気になっていた立川市国営昭和記念公園北側に存在する謎の高台。
昭和記念公園a
昭和記念公園
当日のブログでは府中市の浅間山と同じく、古多摩川の残した河岸段丘の独立峰と解釈してみたが、それを確かめる事も含めて12日土曜日、移動運用に赴いた。

●立川基地の歴史と国営昭和記念公園
さて、この「謎の高台」がある国営昭和記念公園は如何なる施設か?
公式サイト等によると昭和天皇御在位50年記念事業の一環として建設された総面積180haにおよぶ国営公園。
財団法人公園緑地管理財団、 昭和管理センターが管理。
在日米軍立川基地が1977年に全面的に返還されてから、1979年に国有財産中央審議会で、大規模公園、 および広域防災基地を柱として基地跡地を利用する計画の大綱が答申され、この計画に沿って建設が進められる。
1983年10月に昭和天皇の御臨席のもとに、第一期開園式が挙行され、その後次々と整備が進められ、現在の状況になっているという。

返還前の在日米軍立川基地は広大だった。
ウィキペディア等によると、戦後、旧日本陸軍の立川飛行場を接収した米進駐軍は、ここに既存の滑走路の東側に延長約2000メートルの新滑走路を建設。一部を通称フィンカム基地と呼称、極東空軍輸送飛行場とする。
1950~60年代にかけて、基地の西側は兵員や軍事物資、軍関係の旅行者を乗せた飛行機で賑わい、多くのレシプロ貨物機が飛来した。
その頃の立川基地航空写真。
USA-M578-2-60aa
(出典:国土地理院ウェブサイト http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=230167&isDetail=true
整理番号/USA  コース番号/M578-2  写真番号/60  撮影年月日/1956/04/13(昭31)
撮影高度(m)/3048 撮影機関/米軍  )


MKT648X-C11-8aa
(出典:国土地理院ウェブサイト 
http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=442582&isDetail=false
整理番号/MKT648X  コース番号/C11  写真番号/8  撮影年月日/1964/05/07(昭39) 撮影計画機関/国土地理院

滑走路脇にたくさんの輸送機が駐機しているのがわかる。
しかし、滑走路が短く、拡張事業も地元住民の反対で難航、結局アメリカ軍は横田飛行場の滑走路を3350メートルに延伸し、兵員施設を整備して、1960年から立川の軍事航空運輸サービスを順次移転。
立川基地はその後整理縮小の道を辿り、1968年12月をもってアメリカ軍による全ての飛行活動は停止された。

1977年に全ての敷地が全面返還。東地区は商業施設のほか都立砂川高校、市立中学校、市立体育館などの公的施設用地として利用。
その他の跡地は東部・中央部・西部の3地区に分割され、東側は陸上自衛隊立川駐屯地のほか、海上保安庁・警視庁・東京消防庁など各官公庁の施設が設けられ、立川広域防災基地となった。残された西部は保留地とされ、中央部が昭和天皇在位50年を記念し、国営昭和記念公園が造園、1983年に開園したという。

自分が物心ついた頃はすでに立川基地は機能停止。立川から青梅線に乗った際、廃墟と化した施設が延々と車窓から見えたのを憶えている。
記念公園開設後も何回か入園したことはあったが、無線の移動運用では初めてだ。

●立川基地の残像を探す
当日、西立川ゲートに到着したのは13時半近く。
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一応、持込み品案内表をチェック。アマチュア無線のハンディー、ポータブル機に関しては大丈夫そう。
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入場料大人一人450円。
前回来た時より高くなっているような気もするが。
それはさておき、入園後、早速「謎の高台」である「こもれびの丘」へと向かう。
西立川口からは対極の公園北の端。時間がかかりそう。
facility_map
shouwamapaa

園内は鬱蒼とした緑に覆われ、スケールが大きい。これらの樹木や池は大半が新たに増築、造園したものだという。
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いわば現代版、明治神宮といったところか。
焦っていたのか、気がつくと北上するつもりがなぜが東に進んでいた。
昭和記念公園の奥まで進んだ経験がなかったので、どこがどこだか分からない。
思ったよりも遥かに巨大な公園。気を取り直して再び北上。
中央の「みんなの広場」を突っ切る。この広場の真ん中には一本のケヤキ巨木がある。
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2008年に上空から撮られたそのケヤキが航空写真にも写っている↓。
CKT20084-C10-11a
(出典:国土地理院ウェブサイトhttp://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=1512444&isDetail=falseをもとにJH1EAF作成。
整理番号/CKT20084  コース番号/C10  写真番号/10  撮影年月日/2008/05/27(平20)  撮影高度(m)/1561  撮影計画機関/国土地理院

大ケヤキは造園前の立川基地時代からここに存在していたらしい。
そこで過去の航空写真から、どの木なのか調べてみた。
先の1964年5月に撮影された立川基地の写真と現在のものと重ね合わせると、どうやら赤い丸の地点にあった樹木が該当しそうだ。
当時は駐車場だった場所。

MKT648X-C11-8ad
(出典:国土地理院ウェブサイト http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=442582&isDetail=falseをもとにJH1EAF作成)

更に1974年12月24日に撮影された航空写真とも照合してみる。
冬なので葉が落ちたケヤキの影が映っている。
少なくとも約半世紀前から基地の駐車場脇にポツンと立っていたこの樹が現在、大ケヤキとして現存しているのは確かなようである。
CKT7416-C27-23ab
出典:国土地理院ウェブサイト URL/ http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=1014405をもとにJH1EAF作成。整理番号CKT7416  コース番号/C27  写真番号/23  撮影年月日/1974/12/26(昭49)   撮影高度(m)/1424 撮影計画機関/国土地理院 ) 
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それにしても、立川基地返還後のこの辺りの様子はすっかり変わって、過去の建設物と照合させるのが難しい。
僅かに滑走路北端東側に、当時の痕跡を残すだけ。
こちらが1964年↓。

MKT648X-C11-8ac
(出典:国土地理院ウェブサイト http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=442582&isDetail=false
をもとにJH1EAF作成)

こちらが2008年↓。米軍が使っていた滑走路北端部分が僅かに残っている。

CKT20084-C10-11ab
(出典:国土地理院ウェブサイトhttp://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=1512444&isDetail=false
をもとにJH1EAF作成)

●「こもれびの丘」の成り立ち
日本庭園脇を進み、更に迷いながらもやっと「こもれびの丘」に到着。
ちなみに園内にはパークトレインというバスが走っていて、これに乗っても移動できる(有料)。
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西立川ゲートから1時間もかかってしまった。
周りと違って針葉樹、落葉樹がランダムに生い茂り、如何にも天然の丘を利用した雰囲気が漂う。
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その丘の頂上付近に案内図があったので読んでみる。
そこで驚愕の事実を知る。
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なんとこの「こもれびの丘」は天然のものではなく、人工的に作り上げられた盛り土だったのである。
案内によると、立川基地施設の瓦礫を芯にして周りを多摩ニュータウン造成で出た残土とローム層で盛り土し、その上に腐葉土を重ね、約30mの「丘」を作り、そこに植林したとのこと。
これは吃驚。てっきり古多摩川の削り残した丘と思い込んでいた。
もっとも、この案内板を読むまでもなく、ネットでよく調べれば分かることではある。
国土地理院の1974年航空写真を参照すると、まだ立川基地返還前の「こもれびの丘」(赤い楕円内)付近には高台らしきものはなく、平坦な土地に施設が点在しているだけだ。

CKT20084-C10-11ad
出典:国土地理院ウェブサイト URL/ http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=1014405をもとにJH1EAF作成。整理番号CKT7416  コース番号/C27  写真番号/23  撮影年月日/1974/12/26(昭49)   撮影高度(m)/1424 撮影計画機関/国土地理院 )

こちらが公園造成後の航空写真。

CKT20084-C10-11ac
(出典:国土地理院ウェブサイトhttp://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=1512444&isDetail=falseをもとにJH1EAF作成。

整理番号/CKT20084  コース番号/C10  写真番号/10  撮影年月日/2008/05/27(平20)  撮影高度(m)/1561  撮影計画機関/国土地理院)

30mもの人工の丘まで作ってしまうとは凄いエネルギーである。

それはさておき、移動運用。
丘の東端に展望台が設置されているが、「花の丘」に近く、人の出入りも多い。
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周辺を探索すると鬱蒼とした樹木に囲まれて眺望はないものの、散策路からやや離れているので気兼ねなく無線ができそうな場所を見つけ、ポケットダイポールを上げて、6mメインに運用開始。
昭和記念公園は真ん中辺りに立川市と昭島市の境界線がある。
「こもれびの丘」は立川市の領域だ。
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時刻はすでに15時を廻ろうとしている。移動運用としては遅すぎる時間帯の上、0.5~1WではCQを出しても呼ばれない。朝オープンしていたEsも出ない。
それでも17時過ぎまでに50、144、430MHz含め、8局と交信。
最後、展望台に戻り、ハンディー430FMでCQ。やっとお隣、昭島市固定局より応答いただいた。
各局交信ありがとうございました。
「こもれびの丘」展望台の標高は119m。なんと立川市の最標高地点らしい。
樹木の間から富士山も覗える。手前は丹沢か?
多摩丘陵方面も見渡せ、意外と高度観はある。
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この日は閉園が18時。気がつけば17時20分近く。
あわてて展望台を降りて西立川ゲートへと戻る。
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夕景をバックに公園の樹影が浮かぶ。
造園開始してから約30年だろうか?それにしてもよくここまで人工の森や池、丘を作ったものである。
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帰りは迷わなかったのでゲートには20分程で到着。
西立川駅からは綺麗な夕景が覗えた。
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報道などによると保留地だった立川基地西部地区は米軍から返還された後も30年以上実質放置されていたので、自然な森と化していたそうな。
松任谷由実の「LAUNDRY-GATEの想い出」でも歌われた洗濯工廠の施設跡や引込み線廃線跡がつい最近まで残っていたらしい。
結局、国際法務総合センター建築のため、その天然の森は伐採、更地にしてしまったという。
旧米軍基地施設エリアを膨大な労力で解体し、僅か数年で人工の森や池、丘を造営したかと思えば、30年間放置した結果、自然に生い茂った天然の森の方をあっさり更地にしてしまったりと、やっている事がどうにも滑稽に思えてしまうのは自分だけか?
いっそ、返還後、全てのエリアで何もせず、施設をそのまま廃墟化するにまかせ、「立川自然保護区」として天然森に戻しておけばよかったという気もする。
もっとも、災害時の避難場所としての機能も有するエリアとしての立川基地跡地利用という観点からでは「放置」は難しかったのだろう。
もし、大ケヤキが西部地区に生えていたら今頃伐採され産廃として処理されていたのは想像に難くない。

交信データ
移動地/東京都立川市昭和記念公園「こもれびの丘」移動
交信日時/2018年5月12日
交信時間/1507~1709JST
周波数/50・144・430MHz/SSB・CW・FM 
天候/晴れ

無線機/ヤエスFT817・スタンダードVX-3
アンテナ/ミズホポケットダイポール・付属垂直ヘリカル
出力/0.5~1W
延べ交信局数/8
50MHz4(SSB1、CW3)、144MHz1(SSB1)、430MHz3(FM3)
交信相手所在地/東京都2(多摩市、昭島市)、神奈川県4(横浜市保土ヶ谷区、川崎市麻生区、中原区、平塚市)、埼玉県1(比企郡ときがわ町堂平山)、栃木県1(塩谷郡塩谷町)

                                                                                                           

東京都立川市昭和記念公園『こもれびの丘』におけるFM放送受信リスト(コミュニティーFMのみ)

受信日/2018年5月12日・受信機/VX-3・アンテナ/イヤホーンアンテナ

周波数(MHz)局名信号強度(5段階)
77.5八王子FM
      
77.7FM入間      
2
79.0多摩レイクサイドFM(東村山)      
3
84.2FM西東京(西東京市)      
4
84.4立川FM      
4


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埼玉県新座市大和田通信所探訪その2(2018年5月11日)

(その1から続く)
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一旦戻って富士見新道を更にフェンス沿いに北上。
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富士見新道を挟んで東側は市営のスポーツ施設。その向いが基地正門だ。
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中を望むともうひとつのゲートが。やはり人影はない。
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やがてヘリポートが見えてくる。
その奥にオブジェのようなアンテナが並んでいる。
これはアンテナ関連Webサイト『アンテナの見える風景』によるとループアレイという型らしい。
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どういう用途に使われているのか謎だ。
更に北上すると古い木造支柱に支えられたアンテナが見えてくる。
これはモノコーンアンテナの一種らしい。これも対空受信用か?
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再びフェンス沿いに西に向かって歩道が伸びているので進む。
空には飛行機雲。
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フェンスのゲートが開けっ放しになっている場所も目立ち、あまりセキュリティーは厳しそうにない。しかし、立ち入らないほうが無難。
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ここで折り返して、今度は施設南側から散策してみる。
こちらは農地とアンテナエリアが入り組んでおり、近所の人の散歩コースにもなっているようだ。写真栄えする風景が広がる。
順光なので新緑の草原にアンテナが映える。
こちらのフェンスも開けっ放し。下草の様子から頻繁に開閉した様子はない。
多分近隣の人にとっては庭みたいなものなのだろう。
用心に越したことはないので、立ち入ることはせず、写真はすべてフェンス越しに撮影。
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祠とアンテナのコラボがミスマッチ。
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16時過ぎに撮影を終えて、バス停のある史跡公園に戻る。
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ここでラジオ受信状況を調べてみる。
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武蔵野台地の中心地で、周辺に電波障害の要因が少ないといわれるロケーションの実証。
イヤフォーンアンテナと内臓バーアンテナの受信だから簡易的なチェックではあったが、少なくともAM、FMともに県域局の混変調や相互変調は生じなかった。
FM帯で気になったのは東京FMの檜原、青梅中継局が無駄に強力に受信出来ること。スカイツリーや東京タワーからの電波よりも強い。
AMでは地上波伝播で静岡、山梨、茨城、栃木の県域局も問題なく受信出来る。
あと1620KHzで近くを通る関越道のハイウエーラジオがシグナル2で入感。
このエリアの電波環境が特段静穏な印象もなかったが、少なくとも受信障害を起こす強力な放送波侵入やノイズ源は感じられず。
(受信結果は巻末の表を参照)
バスの時間まで暫く史跡公園周辺を散策。
野火止用水にかかる橋。
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野火止用水。近年は綺麗な流れに戻っているらしい。
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IMGP9036aa
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17時過ぎに現地を撤収。
バス停から見える屋敷森等を見ると、半世紀前の田園を彷彿とさせる。
『トトロの森』にも似ている。
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同じ場所からかは定かでないが、1955年に撮られた写真と比較してみる。
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(出典/The Higdon - Carpenter Home Page)

やはりここに通信施設があったからこそ残されている風景だ。
全面返還されたら、一気に宅地化されてノイズ源いっぱいの無味乾燥な街並みに変わってしまうのだろう。

埼玉県新座市史跡公園におけるFM放送受信リスト

受信日/2018年5月11日・受信機/VX-3/SRFM-100・アンテナ/イヤホーンアンテナ

周波数(MHz) 局名 信号強度(5段階)
77.1 放送大学
4~5
77.7 FM入間
2
78.0 BAY-FM(千葉)
2
78.6 FM富士(三つ峠)
5
79.5 NACK5(浦和)
5
80.0 TOKYO-FM(東京タワー)
4~5
80.7 NHK千葉
4
81.3 J-WAVE(スカイツリー)
4~5
82.5 NHK東京
5
83.2 NHK水戸
2
83.4 FM世田谷
2
83.6 TOKYO-FM(青梅)
5
83.8 調布FM(調布市)
2
84.2 FM西東京(西東京市)
4
84.7 FM横浜(大山)
5
85.1 NHK浦和
5
86.6 TOKYO-FM(檜原)
5
88.3 J-WAVE(港区)
1
89.7 インターFM(スカイツリー)
5
90.5 TBS補完
5
91.6 JOQR補完
5
93.0 JOLF補完
5
94.6 茨城放送補完
3

   


埼玉県新座市史跡公園におけるAM放送受信リスト

受信日/2018年5月11日1630JST・受信機/SRFM-100・アンテナ/内蔵バーアンテナ

周波数(KHz) 局名 信号強度(5段階)
594 NHK東京第1
5
639 NHK静岡第2
2
693 NHK東京第2
5
765 YBS甲府
3
810 AFN TOKYO
5
864 CRT那須
2
954 TBS東京
5
1026 NHK御殿場第1
1
1062 CRT足利
4
1134 文化放送
5
1197 IBS水戸
2
1242 ニッポン放送
5
1404 SBS静岡
2
1422 RFラジオ日本
5
1458 IBS土浦
3
1530 CRT宇都宮
3
1557 SBS熱海
2
1602 NHK甲府第2
1
1620 ハイウエーラジオ関越道新座
2



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埼玉県新座市大和田通信所探訪その1(2018年5月11日)

以前から気になっていた在日米軍大和田通信所を5月11日に探訪してみた。
その備忘録。
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●大和田通信所の歴史
大和田通信所は、埼玉県新座市西堀、東京都清瀬市にまたがる在日アメリカ空軍基地施設。
2008年時点の敷地面積は1,195,679㎡(私有地738,001㎡、市町村有地37,708㎡、国有地419,969㎡)。
中央施設は2007年現在、日本の国有地で防衛省所管防衛施設庁防衛局が管理、アメリカ第5空軍374空輸航空団所が運用している。当施設と送信施設の所沢通信基地は、無線送受信施設として一対を成している。
(出典/wikipedia)

下は2010年頃の大和田通信基地航空写真。

CKT20109-C5-20ab
(出典:国土地理院ウェブサイトhttp://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=1212538&isDetail=trueを元にJH1EAF作成。
整理番号/CKT20109  コース番号/C5  写真番号/20  撮影年月日/2010/12/09(平22) 撮影地域/東京北部  撮影高度(m)/2250  撮影計画機関/国土地理院 )

ここは旧軍時代からずっと放送通信傍受のメッカだった。
1941年に大日本帝国海軍大和田通信隊所属「大和田無線通信所」として開設。
国内では通信状態が非常に安定していて、武蔵野台地の中心地で周辺に電波障害要因の鉄道、幹線道路、民家など障害物が無く、開設当時は農家が点在するのみで森林地帯だった。
本隊と中央施設内部に大型無線受信機23台、小型無線受信機200台設置。
他に施設運用にあたる隊員用宿舎なども併設。
敷地内部には高さ6mの黒い木製主柱90本を等間隔に建て、水平方向にワイヤーアンテナ線を張り、支えの支線などもあった。
主柱にはハワイ、シンガポール、マニラ、グアム、台湾など、受信地域名記載の木製札が掛けられていた。 
(出典/wikipedia)

1941年12月8日、真珠湾からの暗号電報「トラ・トラ・トラ」を傍受し、1945年の「ポツダム宣言」の受信もこの旧帝国海軍大和田通信隊だと伝えられている。
戦時中の1943年、旧陸軍が撮影した航空写真にこの大和田通信所が写っている。
C59-C2-39aa
(出典:国土地理院ウェブサイトhttp://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=730478&isDetail=trueを元にJH1EAF作成。
整理番号/C59  コース番号/C2  写真番号/39  撮影年月日/1943/06/27(昭18)
撮影地域/上野原・東京  撮影計画機関/陸軍  市区町村名/新座市 )


終戦後、米軍に接収されてからも、電波傍受施設として重宝され、朝鮮戦争、ベトナム戦争、東西冷戦を通してかなりの規模を誇っていた。
戦後の航空写真を見ると、旧日本軍の施設を殆どそのまま使用しているようにもみえる。
これは接収間もない1947年7月の航空写真。基本的に1943年頃とあまり変わっていない。
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(出典:国土地理院ウェブサイトhttp://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=1177507&isDetail=trueを元にJH1EAF作成。
整理番号/USA  コース番号/M380  写真番号/14  撮影年月日/1947/07/24(昭22)
撮影地域/東京西北部  撮影高度(m)/1524 )

1950~60年代当時の軍人が撮影した写真を見ると広大な敷地に何本ものアンテナ支柱が立ち並んでいることが分かる。
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army64
brc03
brc04
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(出典/The Higdon - Carpenter Home Page)

1955年10月の航空写真でもアンテナ支柱の影がいくつも大地に伸びている。
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(出典:国土地理院ウェブサイト http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=160245&isDetail=true を元にJH1EAF作成。整理番号/USA  コース番号/M1194  写真番号/44  撮影年月日/1955/10/09(昭30) 撮影地域/東京西北部  撮影高度(m)/1524  撮影計画機関/米軍 )


軍事のプロフェッショナルDXerが集結し、ベストな環境と施設であらゆる電波を日夜傍受してきた場所がCamp Owada。
1975年当時の航空写真を見ても規模は旧軍時代と殆ど変わっていない。田園風景もそのまま。
CKT7415-C20A-10aa
(出典:国土地理院ウェブサイトhttp://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=996038&isDetail=true 整理番号/CKT7415  コース番号/C20A
写真番号/10  撮影年月日/1975/01/12(昭50)  撮影地域/東京  撮影高度(m)/1200
撮影計画機関/国土地理院)


今、大和田通信所は東京防衛施設局の管理下。
日米協定でこの地域は尚も横田基地の米軍が占有している。
米軍から要請があると、東京防衛施設局が土地、建物施設の工事を行なうという流れになっているそうだ。フェンス内の土地利用には制限が設けられ、西側の大半は、宅地も耕作も許可されず、自然の森と草原に化している。
東側は、市の施設などが建てられて、一見制約がないように見えるが、この地域内の土地所有者も自宅の改修時には市当局の企画課を通して防衛施設局に伺いを立て、米軍との協定に照らし合わさねばならないとか。かつては電気を引くことすらノイズ源になるからと許可されなかったそうだ。

(出典/『歴史を紐解く』http://shimin.camelianet.com/shiminweb/pre_12/Pre12-2b.htm

2018年現在もこの状況が続いているのかは定かでないが、いずれにしろ電波傍受の障害になるような要因は極力排除されているようだ。

しかし、冷戦終結後は大和田通信所も規模縮小傾向にある。
1992年当時の航空写真を見ると、周辺の田園地帯は維持されているが、すでに兵舎らしき建物はなくなっている。代わりにヘリポートが新設されている。
CKT921-C2-15aa
(出典:国土地理院ウェブサイトhttp://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=696485&isDetail=trueを元にJH1EAF作成。
整理番号/CKT921  コース番号/C2  写真番号/15  撮影年月日/1992/11/02(平4)
撮影地域/東京首部  撮影高度(m)/1580  撮影計画機関/国土地理院 )


多くのアンテナは撤去され、いずれは全面返還されて旧軍から受け継がれてきた受信施設エリアすべてが消滅する可能性もある。
BCLや無線を趣味としている者としては、そうなるまえに一度は訪れたいと考えていた。

●大和田通信所探訪
ウイークデーの金曜日だったが、天候もよかったのでコマーシャルのロケハンも兼ねて出撃。
最寄り駅は、西武池袋線東久留米駅。
東口で降り、1番バス停からの新座営業所行に乗り込み、「史跡公園」で下車。
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長閑な田園風景が広がる。史跡公園脇には野火止用水が流れており、遊歩道もある。
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バス停から数分、西堀公園交差点を北上するとすぐ左側の広大な敷地にアンテナ鉄塔を望むことができる。
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アンテナ関連Webサイト『アンテナの見える風景』によると、これはTCI540型という垂直ログペリアンテナらしく、比較的最近新設されたとのこと。
航空機からの電波受信用アンテナだろうか?規模からすると比較的波長の長い電波も扱っているようにも見える。
富士見新道沿いを北上すると基地の敷地間を抜ける路地があったので左折。
さっきのアンテナも角度を変えて眺められる。
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時折、犬の散歩をしている人とすれ違ったりと、一般の公園を散策している感覚だが、両側のフェンスにはここがどんな施設であるかを教えてくれる表示が至る所にある。
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右側の敷地に新たなアンテナが見える。これはかなり小ぶりのワイヤー系アンテナだ。
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左側にはTCI540型の奥にもうひとつ、鉄塔が一本のアンテナがある。これも垂直ログペリの一種TCI570型だそうだ。
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さらに散策道を進むと基地の裏ゲートらしきポイントに。米軍施設を示すボードのすぐ隣に日本の住所表記板とのコントラストが妙。
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その先に基地局舎が見えるが人影はない。電源や受信機器が納まっているのだろうか?いずれにしろ今は基本的にリモートで、ほとんど人員は配置されていない様子。
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更に道を進んでみるが、新たなアンテナは見当たらない。
長閑な新緑の草原と立ち木が広がるだけ。
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大和田通信施設に限らず、昨今の首都圏米軍基地は縮小放置傾向で、廃墟自然林化している場所も多い。
国の管理下なので立ち入りが制限され、半世紀近く人の手が入らない云わば「サンチュクアリ」だ。
希少生物も生息しているという。
日本に返還されてしまうと、この「サンチュクアリ」も破壊される運命。実に複雑な気分になる。
やがて散策道は住宅街への車止めで終了する。
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(その2に続く)

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移動運用その201/品川区京浜島つばさ公園(2018年5月6日)

2018年度のGWも終了。
今回は4月28日、29日、5月3日に移動運用を実施。
ALLJA、東京コンテスト含め、延べ150局と交信いただいた。
大凡好天に恵まれた日が多かったので、もっと移動運用に赴きたかったが、連休後半の4、5、6日は所用とその準備で時間が割けず、若干物足りなさを感じる。
連休最終日の6日、15時に東京ビッグサイトでの所用が終わり、まだ陽もあったので湾岸近隣で移動運用出来そうな場所をスマホで検索してみた。
この辺りだと、同じお台場周辺のテレコムセンターや新橋のカレッダ汐留の展望ロビーがあるが、すでに訪れた場所でもあって新鮮味に欠ける。
そこで高度は稼げないが湾岸沿いの公園から出てみるのも一興と思い立ち、品川区の京浜島つばさ公園に寄ってみることにした。
ここは羽田空港にも隣接しているので、航空機も眺められる。かなり前、立ち寄った記憶もある。
スマホアプリでルートを調べ、一路京浜島へ。
まず、りんかい線で天王洲アイルへ。東京モノレールに乗り換えて流通センターへ。ここから京急バスの大森駅行きで10分ほどで辿り着けるはずだった。
しかし、京急バスの大森駅行きは何系統もあり、循環バスだったりして同じ行き先でもルートがまったく違う。
それに気がつかずに乗ってしまったから、逆の終点大森駅に着いてしまった。
慌ててスマホでチェックしなおすも京浜島行きのバスがどれだかよくわからない。再び乗ったバスも行き先が違うことに気がついて「大森本町1丁目」で途中下車。
更にスマホであれこれ検索し、やっと「昭和島循環」が京浜島を経由することに気付く。
数分後に遣ってきたこのバスに乗り込み、スマホアプリの指示に従い「京浜島一番地」で降車(後で調べるとこのまま乗っていれば公園最寄の「京浜島海上公園」まで行けるらしいがなぜかそんな表示は出ず)。
ここから殺風景な工場地帯を公園に向かって歩き出す。時刻は18時を廻ってしまい、周りは暗くなる一方だ。
15分近く歩いてやっと京浜島つばさ公園に到着。
目の前を羽田空港にアプローチしてくる旅客機が通過するロケーション。天気も曇って風が強く、人の姿もない。
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18時40分頃から430FMでCQを出すも応答なし。
1wハンディーで海抜4m程度では相手が余程近い場所か展望地にいないと交信には至らない。
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この時間帯ではもう移動局も引けている。
10分位粘ってみたがメインチャンネルを聞いてもモービル局すら入感なし。
旅行帰りの人が羽田の展望ロビーあたりから運用するかもと淡い期待を抱いたが入感なし。
結局交信局ゼロで終わる。
骨折り損の草臥れ儲け。無駄にバス運賃を浪費しただけの徒労で終わる。連休の締め移動運用はまったくのボウズ。
カレッダ汐留辺りで妥協していればある程度交信に恵まれたはずだったが後の祭りである・・。
闇に包まれたつばさ公園を早々に引き上げ、近くのバス停を探す。以前訪れた時は、ここからモノレールの駅まで数十分かけて歩いた記憶がある。
幸い5分ほどで「京浜島海上公園」バス停を見つけ、ほっとする。
風が強く、スマホのカメラではぶれてしまう。
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時刻は19時。次のバスは最終で19時24分。かなり待つが便があるだけ幸いか。
VX-3でFM放送帯をチェックする。県域FM以外では83.4MHzのかずさFM(木更津)と思われる局がS5で受信出来た位。
ほぼ時刻どおりに遣ってきた大森駅行きバスに乗り、平和島駅で下車。京急線経由品川JR山手線乗り換えで帰路に就く。
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移動運用その200/東京都八王子市高尾山林野庁慰霊碑広場移動(2018年5月3日)

ゴールデンウイーク中盤の5月3日。
この日は毎年恒例の有志による特定小電力無線交信イベントと東京コンテスト参加を兼ねた移動運用を実施している。
但し今年は天気予報も芳しくなく、実際早朝まで風雨が強く、出足をくじかれた。
午前9時頃から天候も回復したものの、この時間帯からの遠征移動は難しい。
近場でいくつか移動地候補はあったが、あまり高度が稼げない場所では特定小電力無線での遠距離交信は望めない。
結局、無難な高尾山へ。
京王高尾山口に到着したのは11時20分頃。
天候が悪かったせいか、ハイカーも少なめ。ケーブルカーも11時38分発に並ばずに乗れる。
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ケーブルカー高尾山駅からサル園脇を抜けて林野庁慰霊碑のある広場へと向かう。
ここは今回3回目の訪問。標高は約500m程の目立たないピーク。
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樹木が生い茂り、眺望はまったくないが、訪れるハイカーも少なく、落ち着いて無線が出来るポイントでもある。
ポケットダイポールを枝に引っ掛けて、12時15分過ぎより6mCW中心に東京コンテスト参戦。
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13時半頃よりEsが発生。
1w、ポケットダイポールで網走市、北大東島とSSBで交信成立。8、6エリア同時に開けていたようだ。
430FMでは福島県棚倉町移動局ともハンディー1wでQSO.
14時20分過ぎからは東京コンテスト144MHzCWでQRV。
15時20分頃、交信中にFT817の電源が突然落ちる。バッテリー切れにしてはまだ早すぎ。電源ボタンを押してもまったく反応せず。
落ち方が普段と違ったため、帰宅後調べてみるとエネループのひとつが不調で充電出来ない状況に。寿命にしては早すぎるので電池端子表面が汚れている可能性もある。クリーニングして再充電を試みようかと思う。
また以前からFT817のKEY端子が接触不良で途切れ途切れになる頻度が増えてきた。端子が後ろにあるのでFT817を縦置きにすると無理な力がかかってしまうので壊れやすい。ジャックがフロントにあれば脱着も楽なのだが。そろそろ修理に出す頃か。
それはさておき、16時過ぎからはビアマウントに場所を変更。
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天気は再び曇って眺望も利かず。
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運用中、机の上にナナフシの幼生が通り過ぎる。
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暫く430ハンディーと特定小電力無線にオンエア。
同じ高尾山移動の特小ユーザーがごく高尾山駅近くで運用中だったので、交信後、手持ちのQSLカードにデータを記入したものを持参しアイボール。
珍しく若い方で中高生位の青少年二人組だった。律儀にQSL代わりのペーパーを交換していただき恐縮。
こちらから1WAYでもよかったのだが、お手間をかけさせてしまったと反省。
無線の高齢化が著明になる中で、このような10代無線家は貴重な存在。
結局、この日は東京コンテストで延べ64局。他特小含め15局の合わせて79局と交信。
各局様ありがとうございました。
17時半過ぎ、シャガの花が旬の1号路を歩いて下山。
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天候がいまひとつだったのが残念。

交信データ
移動地/東京都八王子市高尾山林野庁慰霊碑広場(海抜500m)及びビアマウント
交信日時/2018年5月3日
交信時間/1215~1710JST
周波数/50・144・430MHz/SSB・CW・FM 特定小電力無線422MHz帯
天候/雨のち晴れのち曇り
無線機/ヤエスFT817・スタンダードVX-3・ ユニデンSLT001
アンテナ/ミズホポケットダイポール・付属垂直ヘリカル
出力/0.5~1W・特定小電力10mW
延べ交信局数/79
50MHz56(SSB17、CW39)、144MHz14(CW14)、430MHz6(FM)、特定小電力無線422MHz帯3
交信相手所在地/東京都36(新宿区×2、新宿区野村ビル、港区×2、台東区、大田区、杉並区×2、豊島区、荒川区、板橋区×2、足立区、葛飾区、八王子市×3、八王子市高尾山×2、立川市、武蔵野市、三鷹市×2、府中市、昭島市、調布市×2、小金井市、日野市×2、国分寺市、福生市、東大和市、武蔵村山市、西多摩郡檜原村)、神奈川県16(横浜市都築区やまた富士公園、相模原市中央区×2、他13)、埼玉県12(さいたま市中央区、川越市、他10)、茨城県2(かすみがうら市、他1)、栃木県2、千葉県6、群馬県1(太田市)、福島県1(棚倉町)、北海道1(網走市)、沖縄県1(北大東島)、未確認1

「すぎなみYA34」東京都八王子市高尾山中腹での特定小電力無線交信記録

日時/2018年5月3日 コールサイン/すぎなみYA34 無線機/ユニデンSLT001 注/距離は大凡0.5km単位。

ch時間JST局名移動地距離kmメリット備考
L3
1333
東京JR141
日野市

13.8

5/5
L3
1525
東京SA119
八王子市高尾山

0.4

3/2
アイボール
L3
1610
東京KU110
八王子市高尾山

0

5/5
アイボール

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