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2011年2月

ICレコーダー付きラジオICZ-R50とICR-RS110MF

Iczr50 「ラジオ放送を録音する」。
かつてはエアチェックと呼称され、FM誌に掲載された放送局のタイムテーブルを見ながら番組や音楽を録音していた時代があった。
パソコン、携帯電話、携帯音楽プレーヤー、インターネットの台頭により、いつしか「ラジオ放送を録音する」という行為自体が廃れてしまい、エアチェックも死語に近い。
録音媒体もカセットテープ、DAT、MDと移り変わってきたものの、いまや主流はICレコーダー。パソコンに接続して音声ファイルに録音、再生、データ管理する時代となった。
どうしてかは定かでないが、かつてのラジカセのようにICレコーダーが搭載されたラジオという製品をあまり見ない。
そのせいか自分は1980年代のエアチェック時代よりずっと録音媒体はカセットテープだった。DATやMDに乗り換えることなく、此処まで来てしまった。音声ファイルに保存という手段も取らなかった。
思うにカセットテープの扱いやすさに慣れて、敢えて新しい録音媒体に乗り換える必要性を感じなかったのだろう。それにデジタル記憶媒体は仕様や保存媒体が頻繁に変わるため購買意欲が湧く前に製品が市場から消えていってしまうという理由もあろうか。
あと、何よりもラジカセやカセットデッキのようにラジオを録音する事に特化された製品がないということ。
デジタル媒体が主流になって以降はそれが著しい。結局カセットテープに固執する以外に選択肢がなくなってしまったのである。
パソコンを立ち上げなければラジオを録音出来ない煩わしさを考えたら、よほどカセットテレコのほうが使い勝手がよい。
だが、此処に来てやっと原点に立ち返ったような「ICレコーダー付きラジオ」がソニーから発売されることを知る。
それがICZ-R50
これまでにも「ラジオサーバー」のような「ラジオ付きICレコーダー」は存在していたようだが、非常に地味でどういう理由かは知らぬが販路が大型書店に限られていたりで、価格も割高。手を出す気力は殆ど湧かなかった。
いわいるラジオがメインのICレコーダー製品はこれが初めてな気がする。
なぜ普通のラジオにICレコーダーを載せるという発想がなかったのか?
レコーダー部から発する各種ノイズがラジオ受信に著しく妨害を与えて、実用に耐えなかったのだろうか?
それとも、もはやかつての「ラジカセユーザー」は切り捨てる対象なのだろうか?
理由ははっきりしないが、ICZ-R50の登場により、やっとカセットテープから卒業出来る選択肢が見えてきた。

ということで、「ラジオ付きICレコーダー」をネットでいろいろ調べてみることにした。
するとすでにサンヨーICR-RS110MFというかなり高い評価を得ている製品を見つける。
本体は従来のICレコーダーと変わらない形状なのだがクレードルという外部アンテナ端子が付いた多機能ラックが付いており、ラジオとしての性能を十分に発揮できる構成となっている。
ネット上の評価を見るとソニーの新製品に勝るとも劣らない。
Rs110mf そこで実際、どんなものか、吉祥寺のヨドバシに行ってICR-RS110MFを触ってきた。
この製品が置かれていたのはICレコーダー売り場。あくまで「ラジオ付きICレコーダー」の扱いだ。
本体のサイズは49.5×113.5×18mm。クレードルを含むと193×124.5×100mm。
本体は手のひらに簡単に乗る位小さい。クレードルを含めても小ぶりの置時計クラス。
電源はAC電源と単3電池1本。クレードルに装着していればエネループに充電可能。
持続時間はラジオ受信だとエネループでAM:約20時間45分、FM:約17時間30分。ラジオ録音だとエネループでAM:約16時間15分、FM:約13時間45分。アルカリ電池なら更に持続時間を稼げるようだ。
単3電池1本でこれだけ持てば大したもの。屋外で丸1日受信していても問題ない。
内蔵マイクもあって、そのままICレコーダーとしても使える。
本体に小さな液晶画面があってラジオ選局もここでする。
カタログによると受信周波数帯はFM:76~90MHz AM:522~1629kHz。
選局方法はエリア別プリセット、オートスキャン、マニュアルチューニング(AMの場合は9kHz、FMの場合は0.1MHzステップ)、ダイレクトの4つ。プリセットの場合は日本語で局名も出る。
受信感度のほうだが、店頭ではクレードルに装着されていたものの外部アンテナは接続されておらず。仕方なく本体単独でラジオ局を受信してみる。
FM受信は本体のみの場合、イヤホーンコードがアンテナの代わりをするため手持ちのものを装着してみた。
家電量販店の中という悪条件下だったので真っ当な評価は下せないが、在京の基幹局はなんとか受信出来た。
持参したMX-3と比べても極端に悪いという感じはしない。本体のみでもロケーションのよい場所であれば取りあえず使い物になるだろう。
またマイク音声入力端子もついているため、他の高性能受信機の出力端子から音声を録音する事も可能だ。
実際、クレードルに装着して外部アンテナを接続してみない事には本来の性能を測ることが出来ない。
折角、八木アンテナを接続したのに「消化不良」で混変調だらけという可能性もある訳でこの辺り気になるところ。
ただ、各サイトのレビューを見るとそのような心配はなさそうだ。
録音性能に関しては、ICレコーダーを扱ったことがなく疎いので優劣を付ける術がない。
付属のSDマイクロカード2GBを使いMP3形式で録音すると約32時間だそうだ。
カセットテープC120で16本分。容積を考えると圧倒的に省スペース。もっともカセットと比較する事自体、時代錯誤かも知れないが。
また、時差修正付き時計も内蔵されており、正確なタイマー録音も可能。
つまり、おおよその「ラジカセ」機能は十分搭載されており、過不足もない。
ペディションなどでラジオモニターする際、必要な機能は全部あるといってよい。本体のみならポケットに忍ばせる事も出来て負担にもならない。これまでのウォークマンタイプのラジカセと比べても3分の1位の容積だ。
ICR-RS110MFは2008年11月にはもう発売されていた製品。
アマゾンのレビューでも100を超えるコメントが寄せられて評価も高い。
価格は実勢で1万6千円から2万円5千円前後というところか。吉祥寺ヨドバシでは2万4千円代。発売当初は3万円近かったのでかなり安くなってはいるがICZ-R50と比べると店によっては8千円近く割高だ。

Dsc00211a 一方、新製品のICZ-R50はどうだろうか?
これも2月10日過ぎに吉祥寺のヨドバシで実機を触ってきた。
ネット上のレビューなどを見てみると期待感は大きいようだ。
天下のソニーがいままでこの手の製品を出さなかったこと自体、不思議でもある。ICZ-R50単独のチラシも用意されていた。
語学講座をイメージさせる内容。これを見るとラジオで語学を学ぶリスナーが主なターゲットのようだ。
さて、とにかくも一見してラジオという趣がある。これまでの既製品はいかにも「ラジオ付きICレコーダー」であるが、こちらはやはりメインがラジオの「ICレコーダー付きラジオ」だ。
ICR-RS110MFは扱われていなかったラジオ売り場にも展示されていたのが何よりの証。
大きさは約195.0 mm×122.5 mm×35.0 mm。
結構嵩張る。幅が20cm近くあるから、自分が屋外で愛用しているSRF-M100の倍近い。これでは手軽に持ち運びという訳にはいかない。ポケットには無理だ。
持った感じは軽くて中空なイメージ。
操作ボタンをとにかく大きくして中高年にも扱いやすく設計したという感じ。
多機能のための大きさ確保ではなく、あくまで操作性重視とみた。
ただし、不用意にボタンに触れて誤操作しやすい。一応ロックスイッチは付いているのだが。
電源はAC電源と単3電池4本。ICR-RS110MFの単3電池1本と比べると省電力とは言いがたい。
録音時間はSTモード(ステレオ標準)44時間40分 STSP(ステレオ長時間)67時間5分 SP(モノラル標準)178時間0分。
ICR-RS110MFのカタログスペックと基準が違うので単純比較は出来ないがこちらのほうが長時間録音出来そう。
受信周波数はFMが76.0 MHz - 90.0 MHz。AMが531 kHz - 1,629 kHz。
選局方法はカタログに明記されていなかったが、レビューなどをみるとICR-RS110MFと差ほど違いはなさそうだ。
実際、マニュアルでAM9KHzステップ、FM0.1MHzステップでの選局は可能だった。プリセット受信も可能。当然局名は日本語で表示される。
受信性能は一般のラジオと差ほど違わない。
店内ではAMだと在京基幹局はすべて受信出来た。FMはロッドアンテナを伸ばしてもまともに受信出来る局はなかったが、これは他のラジオも同じ。
よって、受信感度は従来のラジオ並の性能は維持していると思われる。
ICR-RS110MFと比べても受信出来る局数の差は殆どない。むしろ大したAMアンテナが付いていないのにICZ-R50と遜色ないほうが驚きだ。
無論フェライトバーアンテナと長いロッドアンテナが内蔵してあるICZ-R50のほうが単独では有利であることは間違いない。。
もっとロケーションのよい場所で比較する必要があろう。
ただ、AMの外部アンテナ端子はあるものの、FMには外部端子がない。
単体でのFM遠距離受信やFM難聴地域では苦戦しそうな予感。
もっとも、この機種にも音声入力端子があるので別の受信機から録音することも可能。
そもそもICZ-R50でFMDXを考えること自体、ちょっと無理があるかもしれない。あくまで「普通のラジオ」なのだ。
一方録音、記憶性能はどうか?
内部メモリーが4GBあり、他にもSDカード等が使える。
たしかICR-RS110MFには内部メモリーはなかったはずだからこちらのほうが記憶容量が大きい。
専用のアプリケーションを使ってパソコンから録画予約等が出来るようなので利便性は断然ICZ-R50のほうが勝っている。
ICZ-R50単独では時刻補正が自動で行なえないが、パソコン側のアプリケーションで調整は可能のようだ。。
ICレコーダーはパソコン接続が前提の録音機種であるからラジオ単独の性能を説いてもナンセンスかも。
結局、録音記録されたデータは一旦パソコンで編集保存するわけだからパソコンでの操作性を無視することは出来ない。
吉祥寺ヨドバシでの価格は1万8千円前後。ICR-RS110MFと比べ、こちらのほうが若干お得だ。

もし今ICレコーダー内蔵ラジオを購入するとしたらこの2機種に絞られるだろう。
どちらがよいかは一長一短で一概に判断しがたい。
ただ、屋外でラジオの録音を想定した場合、ソニーのICZ-R50はいささか大きすぎる。これだけ嵩張ると従来使用していたSRF-M100とウォークマンタイプラジカセを合わせた容積よりも大きくなりそう。
ICZ-R50はあくまで据え置きラジオ。
屋外ペディションなどに持参することを考えると圧倒的にICR-RS110MFが有利だ。
またクレードルにFM外部端子が付いているのでDXを試す面白みもある。
一方、ICZ-R50は付属ソフト「Sound Organizer Ver.1.1」を使うとパソコン接続で録音予約や任意のフォルダー名が付けられて、録音ファイルの管理が容易かつ機能的。
録った素材を如何に管理するかがデジタル録音の醍醐味ということを考えるとICZ-R50のほうが勝っているともいえる。
SDカードに撮り溜めたものはいずれ満タンになり、パソコン内に保存したりCDに焼く作業が必要となる。
その時の利便性が最後には決め手になるのだろう。
その辺りが手間取る事になると、結局カセットテープのシンプルさに勝てず、箪笥の肥しとなりかねない。

どちらを購入するにせよ、それなりの満足感は得られよう。
実際手にして初めて解ることもあるし、予期していなかった機能を発見できるかも知れぬ。甲乙付けがたい。
今後、このようなラジオ録音に特化したICレコーダーがどのような展開を見せるのか楽しみだ。
BCLラジオやオーディオチューナーにICレコーダーが付属になるのかどうか?
今後に期待したい。

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AMステレオ放送、栄光の日々を振り返る

A 2011年1月30日。
TBSラジオはこの日をもってAMステレオ放送を終了した。
1992年3月15日から始まった在京のAM基幹局のステレオ放送も遂に19年ほどで幕を閉じつつある。
そのTBSラジオAM放送最後の瞬間をモニターしてみた。
受信地は自宅の東京都杉並区。受信機はパイオニアF-777。
0142JSTからモニター開始。本放送は終了しており試験電波発射中である。
この時点ではまだステレオ放送だ。紅いステレオインジケーターが点灯している。
内容は朗読とプロ野球中継の繰り返し。これはAMステレオ開始前のテスト放送と似ている。
0206JSTに一旦停波。
0208JSTにS/ONするとモノラルに。ここでもうステレオ放送は終了かと思いきや、0242JSTに一旦停波したあと、0244JSTから再びステレオ放送。
エンヤ風の楽曲を流す。0303JSTに試験放送終了アナウンスが流れた後また停波、2分後に再びS/ONするとモノラルに戻ってそのまま0400JST本放送開始となる。
この間、モノラルへの移行アナウンスなどは一切なかった。
なんとも寂しいAMステレオ放送の終焉であった。
在京局に限れば文化放送、ニッポン放送は尚もAMステレオ継続中であるが、終了も時間の問題だろう。
AMステレオが普及せず、相次いで終了する原因はいろいろ言われていている。
NHKの不参加、部品の生産終了による機材更新の困難、維持管理が割高等。
19年前の1992年「第2の開局」と謳われ、華々しく始まったAMステレオがあっけなく消えていく状況は、昨今の情報革命の下、取り残されていくラジオの姿を象徴するようで物悲しい。

A_7 ところでAMステレオ放送が開始された頃の状況はどんなものだったのか、振り返ってみたい。

時は1992年早春。
露払いとなる在京AM3局、大阪2局のAMステレオ実施予定局は本放送の1ヶ月前からAMステレオによる試験放送を実施する予定でいた。
その「歴史的瞬間」をキャッチすべく、各局に問い合わせをしテスト放送の日時を確認。モニター準備を進めた。
ところが1992年2月上旬時点で、市販されていたAMステレオ受信機はわずか2機種。
それも純粋なラジオではなくアイワのCDラジカセとミニコンポのみ。
価格も高くAMステレオ受信のために購入するのは些か無理があった。
本命のAMステレオラジオ、ソニーSRF-M100の発売は2月24日。
初のAMステレオ試験電波が予想される2月10日には間に合わない。
仕方なく最初の試験放送はモノラルで受信するしかなかった。
そんな状況下、いよいよAMステレオ試験放送が始まった。
当時の受信記録を局別に紹介していこう。
受信地は全て東京都杉並区の自宅。受信機はソニーICF-2001D、オーレックスSKD-3、ソニーSRF-M100。

AMステレオ試験電波受信レポート
Jolf9203_3Jolf9203_4ニッポン放送 1242KHz
1992年2月10日 0208~0210JST SINPO55555
0208JSTよりキャリア、0210JSTにPRジングル「元気にステレオハイハイハイ」に続き、女声ID「JOLF・・こちらはニッポン放送です。ただいまAMステレオ機器調整のために試験電波を発射中です・・(周波数出力アナウンス)」
その後、ポップスメドレー、断続的にビート音、0220JSTに再びID、ビート音の後、0231JSTに停波。
この時点ではAMステレオ受信機納入前だったのでモノラル受信。
ステレオでの初受信は24日の試験電波。
なお、この受信報告に対して返信されたベリカードに特段特記はなし。ニッポン放送は基本的に名前、住所他、受信データなどは記入されていないケースが多い。
ベリカード自体がステレオ放送開始記念仕様。在京局でAMステレオ化をデザインしたカードを発行したのはこの局だけだった。

Jokr9203_2Jokr9203_3TBSラジオ 954KHz
1992年2月10日0205~0218JST SINPO55555
0205JSTよりテスト担当男性の打ち合わせ音声のあと、0208JSTより男声ID「JOKR・・こちらは東京放送です。ただ今からステレオ放送機器調整のための試験電波を・・(周波数、出力アナウンス)」の後、サンプル放送、大相撲貴花田戦スポーツ実況、毒蝮レポート、恐怖ドラマ予告など約10分間。0218にIDがでてS/OFF。その後断続的にビートが出ていた。
ニッポン放送と同じく、この時点ではモノラル受信。ステレオでの初受信は24日の試験電波。
在京局では最も力を入れてAMステレオをPRしていた。
なお、この受信報告に対して返信されたベリカードは通常仕様のものに「AMステレオ放送試験電波を受信」の特記。

Joqr9203_2 Joqr9203_4 文化放送 1134KHz
1992年2月17日 0208~0212JST SINPO55555
0208JSTにPRジングル(染の輔染太郎)、ID、音楽、ビート音など。0212JSTに一旦S/OFF。0300JSTより再び始まる。
なお、2月10日にもIDは確認出来なかったがLF、KR同様0200JSTより試験電波を実施しており、在京局はほぼ同時にAMステレオ試験を実施していたようだ。ただし、他の在京2局と比べAMステレオPRに熱心ではなく、スポットもあまり聞かれなかった。
なお、この受信報告に対して返信されたベリカードは通常仕様のものに「ステレオ実験」の特記。

ABCラジオ 1008KHz
1992年2月24日 0427~0441JST SINPO34443
0427JSTに女声ステレオテスト放送ID、音楽。0435JSTより右信号のみというIDの後、ビート、ABCのステレオ化PRトーク、0438JSTより同じ内容を左信号のみから送る。
0441JSTにステレオ信号終了。
ソニーSRF-M100によるステレオ受信。
時々、Sが2程度F/OUTする時はモノラルになるが、殆どはステレオで受信出来た。
初のAMステレオ遠距離受信。

AMステレオ本放送開始ドキュメント
さて、試験放送を経て、いよいよAMステレオ本放送開始が始まる1992年3月15日が近づく。
在京民放はAMラジオの新たな進化として各局とも様々なイベントを都内各所で催す予定が組まれていた。
そこで第2の開局とも言えるAMステレオの「歴史的瞬間」を捉えるため、足繁く各局のイベント会場を見て回ることにした。
各局別に当日のAMステレオ特別番組とイベント内容を振り返ってみる。

TBSラジオ
A_2 ステレオ化の前日3月14日(土曜)、日比谷シャンテにおいて午前11時から「ステレオ・アシタ・デル・フェスタ」というイベントを開催。11時少し前位に会場到着。すでに100人以上のファンがいた。広場にはステレオ化告知のアドバルーンが上がり、SONYのAMステレオラジオが展示され、双子のDJによるトーク、松宮一彦のDJ職人芸などで盛り上がる。
記念ノベルティー等はなし。パンフとポケットティッシュ位。イベントのラストにジャンケン大会あり。残念ながら時間の都合で不参加。
3月15日ステレオ化当日。
TBSは特に記念番組は組まず、通常の「サンデーベストテン」をスペシャルにして、午前9時にステレオ切り替えを実施。
5分前にロケット打ち上げ風の秒読みが始まり、ラジオ放送部戸田送信所からの「スタンバイOK]の声を交え、ゲストのSMAP,DJの浦口、ディオン光岡が見守る中、青柳局長がステレオスイッチをオン。9時の時報と同時にステレオ放送に突入(モニターしていたラジオがモノラル専用だったので未確認)。
ステレオ化最初の曲はポップスグループ、ディックリーの「ヒューマンタッチ」。

ニッポン放送
A_3 在京3局の中では最も力を入れた3月15日だった。
午前8時55分より上柳アナ総合司会によるステレオ・オープニング・スペシャルを組み(13時まで)、この歴史的瞬間を「電波革命」と位置づけた。20秒前より秒読み開始。そして時報と同時に何日もかかって製作したというステレオ効果音(花火やF1、自社番組DJの声が左右交互に出る)が飛び出す。
この局のみ、ステレオ対応ラジオでモニターしていたのだが、確かに素晴らしい演出。一気に音域が広がり、正に「電波革命」の瞬間に相応しい出来と言える。
さて、当日、ニッポン放送では、秋葉原LAOX店にて9時45分よりステレオラジオを特価で販売、先着200名にステレオ記念テレカを配布するイベントを開催。
自分も早速、現地に直行。9時15分頃着くとすでに90人が列を作っていた。
販売開始時にはもう200人は来ていたか。
あっという間にソニーのAMステレオラジオは売り切れ、新製品のAIWAのポケットAMステレオラジオもなくなり、店員に苦言を放つ人も見られた。
会場にはステレオ試聴コーナーがあり、たくさんの人が押しかけ、予想外の反応に店員や局関係者が右往左往していた。
どうやらAMステレオラジオが品不足であることは確かなようだ。
因みに、ニッポン放送最初のステレオON AIR曲は桑田圭祐の「ネオ・ブラボー」(3局中、唯一の日本人アーチスト)。

文化放送
午前7時から「今日までそして今日から」という特番を編成。ステレオ化までは土居まさるによる古き良きAMラジオトーク。8時59分に女性アナによる「これからステレオです」という告知が出る。
他の2局と違い、秒読みなどはなくあっさりと時報後にステレオになったようだ。
9時からは「ニューラジオデイズ」というバイリンガルDJ2名による番組にバトンタッチ。
A_8 ジングルも「ステレオ文化放送」というコーラスでFMを彷彿とさせる。
最初の曲はシックの「ミステイク」。
文化放送も例に漏れずイベントを開催。当日、新宿タカノ前でAIWAが協力したステレオ文化放送試聴会が開かれた。
タレントの松村が中継を交えAMステレオをPRしていたが、人の流れが速い場所であるゆえ、やや盛り上がりに欠けていた。
会場ではAIWAのAMステレオテレコやコンポの試聴が出来たが、ポケットラジオと比べ、音の広がりがいいようだ。
アンケートに答えると抽選で50名に製品が当たるということで多くの人が試聴していた。

このように実施当日は非常に盛り上がったAMステレオだったが、その後は拡大発展することなくジリ貧となり、今や空前の灯火となってしまった。
当初は各局ともラジオドラマ等、ステレオの特色を生かした番組作りを標榜していたものの、一向にそのようなプログラムは組まれることなく従来と変わらぬ編成のまま時だけが過ぎ、いつしかAMステレオの意義などどこかへ消えてしまった。
実は1992年当時もAMステレオの将来は不透明という懸念があった。
A_9 1992年1月の朝日新聞にはAMステレオ化の是非は受信機の普及の度合いにかかっていると指摘している。
当時はAIWAとSONY以外にAMステレオ対応受信機がなく、またカーラジオに対応機種を載せる話もなかった。
さらにこれまではNHKが開拓者となって民間が追いかけるという形で新技術が普及していったが、AMステレオは民間が先駆者となった初の例だったそうだ。
奇しくもこの年に始まったPCMラジオと合わせ、1992年は「ラジオ革命」だったという。
しかし、その両者とも遍く普及することなく、今や表舞台から消え去ろうとしている。
所詮は「一過性のお祭」だったのだろうか?

あの派手に始まったAMステレオ祭から19年。
人知れず在京局の一角TBSラジオがAMステレオを打ち切った。
終了記念番組どころか、告知アナウンスすらなく、ひっそりとね。
だが、モノラルに戻ったところでクレームを入れるリスナーはまったくといってよいほど存在しない。
もっともネットでのサイマルラジオではステレオで聞けるそうだ。
ネットで聞ければラジオがモノラルに戻ったとしても誰も困りはしないのだろう。
なんとも寂しい話である。

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